ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

19年前のシステムを使った罠にしっかりとはまる。

1988年、「トップをねらえ!」をガイナックスが発表してから19年、「トップをねらえ2!」を観る。ラストシーンはある七夕の夜。それは地球にとって大切な夜になることがハワイの重力天文台の観測結果で約束されていました。1万2千年前に地球を救ったある人たちが沖縄に帰ってくるのです。
神さまを見たことは、多分ないと思う/もし、神さまにも願い事があるとしたら、それは何に願うのだろう/この夜を、ずっと待っていた/どうしても彼女に会って話したい/いつも笑っていた、あなたのことを
サイレンが鳴り響き、照明が一斉に消えていきます。それは彼女らを迎えるための準備なのです。
なぜならば!
暗闇に降るような星。その中を流れる光が現れる。
なぜならば、あなたのあこがれ続けた伝説の女の子、ノノリリが、今夜、還ってくるのだから!
ゆっくりと回転しながら降りてくる光に向かって放たれる地上の光。祝うように、包み込むように、元気づけるように。降りてくる光が何なのか、放たれた光が誰に向けられたものなのか、私は10数年前に知っていたのでした。
これだけでは何かわかりませんね。概要はここで。とにかく感動した。
それでもって感想。ガイナックス節というか、世界を救うという壮大な使命と個人的動機がごっちゃになっているところは健在。
考えてみればそういう傾向は昔からあったですよ。エヴァンゲリオンにしてもそうでしょ?あと、私の好きな台詞のひとつは王立宇宙軍の中で将軍(っていう肩書きを持つくたびれた中間管理職兼うだつの上がらない研究者)が若いとき戦争に行き、権力者たちのパワーゲームの繰り返しを目の当たりにして歴史を習ったことを後悔したという独白のあとに「おまえの目には何が見える」と尋ねたのに対して主人公が「…女のケツ」って返すやつです。森本レオの声で。どうやったってガイナックスの主人公はナウシカのような崇高さを持てないんだよ。何ででしょう?やはり組合活動の経験のあるなしはこういうところに効いてくるのだろうか、とか考えてみたりして。
先に挙げたのはラルクという主人公のモノローグなのですが、マタイ伝第5章13節の有名なフレーズっぽくて気になる。
「あなた方は地の塩である。もし塩がその効き目を失ったならば、何を持って塩に塩気を取り戻せようか。その塩はもはや何の役にもたたず、外に捨てられて、人に踏みつけられるだけである。」
解釈をいろいろだらだらと考えていたらワインが一本あいていた。