ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

9月の山登り。

きっかり3時にアラームが鳴って、まとめておいた荷物を持って外に出たのは20分後。泊ったのは80年代にはにぎわったであろう廃墟のようなスキー宿。振り返ると黒い森。空には白く瞬くカシオペア。冷たい空気を吸い込むと、鼻の奥がツンとして、9月だということを一瞬忘れた。東京では、景色が蜃気楼にあえいでいたのに。
長野県の東側、岐阜県境にほど近い峠で、今期最後に参加するヒルクライム。レース活動を再開してから1年、コンディションはここまで上向いてきている。今の調子だと、前回よりも3分の記録更新が期待できそうなのだ。そしてそのタイムは、昨年勝てなかった職場の同僚と競ることができるタイムでもある。
解放されたばかりの駐車場にレガシィを乗り入れ、仮眠をとりながらスタートの時を待つ。時々浅い眠りから覚めて空が明るくなっていくのを見る。以前レース活動をしていた時から、いろいろな待機場所でこのグラデーションの空を見上げていた。緊張と弛緩がないまぜになった微妙な気分。これはこれで悪くない。
そろそろ駐車場が込み始めてきた7時前に灰猫をラゲッジから引き出し、前輪を組み付ける。空気圧を高めに調整しながらなんとなく周囲の選手の調子を眺め、自転車に乗った選手の動きが多くなってきたのを見定めてスタート地点に向かう。そのままウォーミングアップに移る。このコースはスタート直後の勾配がきつめで、それを繰り返し上って心拍を上げていく。肌寒い空気の中、木々の間から朝日が差し込んできて、テンションが上がってくる。
職場の同僚にはウォーミングアップの途中に会った。地元のショップのチームで来ているようで、人待ち顔だったところに声を掛けた。ワンピースのレースジャージ。戦闘モードである。お互い安全を祈って別れる。
開会セレモニーが始まるころにはスタートグループごとに集まりだした。主催者のあいさつを聞きながら周辺の様子をうかがう。ヒルクライムの選手の身体は細く仕上げている人が多く、見ていてほれぼれする。自分だってこの1年で4キロは絞っている。悪くない。4秒、息を吸って、4秒、息を吐いて。これを繰り返す。スタートの時のルーティンではこれが落ち着くのに一番効果的だ。
むしろ遅れ目になるようにポジションをとって、号砲を聞き、スタートゲートをくぐった。タイム計測スタートのボタンを押す。ここから峠の頂上目指して、孤独にコツコツとタイムを刻んでいく。パワーメーターは左右バランスを均等になるように意識しながら、伝達効率を50%にすることだけに注目した。今期のスタイルである。あとは大回ししないこと、身体の動作をコンパクトにまとめることに気を付けた。中盤の平坦地に差し掛かったところでタイムを稼ぐことも忘れず、あとはひたすらにペダルを回す。無駄なく、全身で絞り出したパワーを無駄なく推進力に変えられるように。2つ前にスタートしたグループが前から降ってくる。3分の時間差スタートだから、彼らに対しては6分くらいのアドバンテージを稼いだことになる、なんてことを考えながら。
ゴール前の平坦地で昨年の記憶を呼び覚まし、ここでスプリントしても垂れないと見切って、最後の力を振り絞る。誰かと抜き差しすることもない淡々としたレースだった。結果、昨年よりも手元計測で4分近くタイム短縮できた。
ゴール後、職場の同僚から声をかけられた。すでにリザルトがウェブに載っているらしく、1分差で勝つことができたことを教えてもらう。お互い健闘を称えあって別れた。