ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

メモ

■結婚式が終わって、帰る段になって僕の引き出物袋に少し大きめのホールケーキの箱が入っていることに気がついた。馬場崎らしからぬ桜色の一筆箋に、これは馬場崎らしい角張ったボールペンの字で、茜ちゃんへのお土産です、としたためてある。これから家に帰り着くまでの地下鉄の雑踏と、ケーキを崩さないための気遣いを見積もってみる。そしてうんざりする。

■馬場崎と茜は昔、付き合っていたことがある。だから、考えようによっては僕よりも茜の方が馬場崎とは親密といえなくもない。ただその親密さが茜を馬場崎の結婚式から遠ざけることになった。

■地下鉄の車内は雨の匂いがしている。車椅子用のスペースにホールケーキつきの引き出物袋を持ったおっさん一人分のスペースを確保して、動き始めた車窓の外を流れる看板の色彩を目で追う。

■茜が不機嫌なとき、甘えたいとき、落ち込んでいるときに甘いものが有効であることは、僕も馬場崎も共通の知識として知っている。馬場崎が、何を思ってホールケーキなんかくれたのかは分からないが、鷹揚でがさつで、限りなくやさしくて不器用な馬場崎らしい何らかの気遣いなんだろうと思う。

■茜は馬場崎からのお土産を見ても何も言わなかった。ただ、雨が降って気の毒だったわよねえ馬場崎君、あの人ついてないのよ、といいながら袋をたたみ、リビングのテーブルの真ん中に箱を置いた。

■茜は嘘をつくとき伏目がちになる。そんなときの茜のまつげを、僕は愛している。まつげを見ている僕はいつも以上に口数が少ないので、茜は僕が何を考えているか大体分かっている。茜が小さな嘘をついていることに僕は気がついていて、気がつかない振りをしているのを茜は知っている。

■あらー、今どき丸いケーキなんて珍しいわね。二人じゃ食べきれないでしょうから、涼音さんや未来君が来たときに取っておきましょうか。じゃあ、あなた切ってね。お皿取ってくるから。んー、あたしさくらんぼの方。