ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

あたらしいともだち

昼過ぎ、袴田君ファミリーと一緒に村田美名宅に生まれたばかりの子供を見せてもらいに行く。6月に生まれたての、真名と智名の双子。足の爪とか、手の指とか、パーツがいちいち大人と同じなのに、親指から小指の先までが25センチある僕の手の中にすっぽり入ってしまう小さな命に、呆れるように感動する。それから、乳児を見るたびに思うのが手首足首の、あの輪ゴム感*1
袴田君と、奥さんの穣ちゃんとは昔からの知り合いで、二人の子供の中君はお餅みたいな乳幼児の時に会ったことがあるのだけど、久しぶりの中君はすっかり大きくなって、人見知りしない乗り鉄に成長していた。
真名と智名を一人づつ抱かせて貰って、緊張のあまり腕がぷるぷるしてきたので、餅は餅屋とばかりに子持ちの夫婦に返し、一人で歌を歌いながら絵を描いている中君のところに行ってみた。
「中君、大きくなったね」
「そう?ねえねえ、きのした君は何に乗ってきたの?」
ならーすらーみてーのーなくーのかずさやー
「山手線に乗って、それから京王線に乗ってきた」
「きのした君はどこに住んでいるの?」
「板橋」
「板橋は何線なの?」
「板橋はね、いっぱいあるよ。埼京線でしょ、都営三田線でしょ、あと東武東上線
「ふーん」
ならーすらーみてーのーなくーはおもえどー
「中君、それなんていう歌?」
「そうしゅんふって、いうの」
「ふーん、歌好き?」
「いや」
とちーもなーらずーうとーこえーもかあけずーうー
「きのした君、あおとかみどりの電車ばっかりにのってるんだね」
「そう。青とか緑とか好き?」
「いや」
「何描いてるの」
京王線のろくせんけいときゅうせんけい。パンタグラフがこういうのと、こういうのがある」
「くの字の方が新しいんだね」
「そう!そうなの」
穣ちゃんが「中、電車の話を聞いてくれる人がいてよかったね」というと、中は「いや」と返す。どうやら自分の感想を求められると「いや」って返すのが今の中君のお気に入りのようなのだ。
「木下君、よく中の言ってる事わかるね。幼稚園の先生も『今日も中君電車の話をしてたんですけど、ごめんなさいやっぱりわからなかったです』っていつも言われるのよ」
「うーん…、何だか同じレベルで遊ばれている気がする」というと、穣ちゃんはあっはっは、と笑った。
「きのした君見て見て、新宿線
「おー、緑だ。パンタグラフが菱形だね」
「そう!」
「ふーん、中君新宿線好きなんだ」
「いや」
穣ちゃんが「そんなことないよね中、新宿線大好きだよ、この子」という。袴田君も苦笑いしながらうなずいている。
「そっかー。じゃあ僕は埼京線を描こうかな」
「だめ!」
「ふーん。じゃあその新宿線、山手線に改造してみようか」
「だぁめえぇ!」
「じゃあ僕には何色貸してくれるの」
「うーんとねぇ、これと、これかな」
渡されたのは赤とオレンジ。
「わかった」
「…」
「…」
「きのした君、なに描いてるの?」
「中央線と京浜急行京浜急行はね、崖とトンネルばっかりの線路をすごいスピードで飛ばすんだ」
「これは?」
「これ?これはね、赤いドラえもん
「ふーん」といいながら中君は赤いドラえもんの目を黒く塗りつぶした。
帰り際、新宿で袴田ファミリーと別れるとき、中君が僕に訊く。
「きのした君、ともだち?」
「そう、友達だ」
「そっかー、あたらしいともだちだー」
山手線の方に歩いていこうとすると、青梅通路のど真ん中で中君がジャンプしながら手を振って叫んだ。
「ばいばい、きのした君、あたらしい、ともだち!」

*1:輪ゴムが巻いてあるみたいなくびれが必ずある。