ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

帝都の秋

某日のこと。
平日に休みが取れたので、北山国立博物館に行く。上野駅から恩賜公園を抜けていく通路には赤や黄色の落ち葉が重なり、鳩がホバリングするたびにあちらに行ったりこちらに飛んだり。晩秋らしいきりっとした大気に鼻の頭を赤くさせながら、正門前で待ち合わせる。と、メールが着信する。
二度寝しました!」この人は朝に弱い。
「このオタンチン。コーヒーくらい奢りなさいよ。ケーキもつけてね」
「…足下見るのね木下」
結果、30分の遅刻である。まあまあ、こんなことはよくあるのだ、北山と遊ぼうとすると。
「ごめんなさいー」
「まあいいよ。秋らしくて、気持ちがいい日だ」
「そうね。そして平日だっていうのに混んでるのね」
皇室の名宝展である。正倉院の御物が見られるのが楽しみで来たのだが。
「なんだかすごい勢いでちっちゃい人たちに押されてるんですけど」
「ああ、爺婆の大海嘯だ。平均身長が低くて、加齢臭がする」
「ちょっと、木下?言葉が過ぎるわよ」
しかし本当に、かすかな墨のような香りに満たされた展示室は、高齢者でいっぱいである。
「なんだか、言うなれば巣鴨行きの埼京線の車内だね。そしてぜんぜん進まない」
普段周りにいる人間とはペースが異なるので、必要以上に体力を使う感じがする。案の定歩きまわるのが得意ではない北山は音をあげた。
「木下、あたし休みたい」
「いいよ。大方見てしまったし、ご飯を食べに行こう」
上野の森は銀杏の黄色い絨毯で覆われていて、一歩踏み出すたびにくしゃくしゃと乾いた音がする。さらりまん風歩きをする人がいないせいか、このあたりは雰囲気が落ち着いていて散歩には良い環境である。黒いコートとグランジブーツで決めた北山と、エージェント・スミスっぽい細身のダークスーツを着た僕は、甥っ子がどれだけはやく大きくなるかとか、35歳のヒステリー持ちの同僚をどういなすかとか、他愛のない話をして笑いながら芸大に歩いていく。
食堂は空いていて、フライの盛り合わせ定食を食べながら最近の学生が小綺麗すぎる件についてひとしきり議論。学食ってもっと騒がしいものな筈なんだが、サロンのように空いていて、僕らの声ばかりが響く。
「あたし達場違いじゃない?どう見られているんだろう」
「業者でしょ。さ、コーヒーを奢ってくれ」
コーヒーを持ってくるついでに、パリのギャルソンの身のこなしと皿の持ち方について実演してくれる北山を頬杖ついて見ながら僕は思う。2009年の秋はこんな感じ。すべてが足りなくて、そこそこ幸せで。薄い膜が張ったような不安といらだちを振り払うように、いろんな連中とスクラムを組みながら、ビールで満たしたプールを泳ぐ。
ゆっくりと舞う埃が僕の周りに降り積もっていく。
伏せた睫毛に射す陽の光を見るのが幸せな、晴れた平日の午後である。