な忘れそ華本兄弟。
「華本さんちのご兄弟」ていうもう20年以上前の漫画。ギャグ&メルヘン路線の作風の猫十字社にしては珍しく(って、黒のもんもん組しか読んだことなかったけど)シリアスな恋愛ストーリーで、初出は86年か87年。原付が大流行し、国内3メーカーがとんがったバイクを大量に発表していた頃の、松本(比較的近場に住んでいたこともある僕にはリアル)=当時の地方都市や学生の雰囲気が細かく描写されている。
読んだのはすでに90年代に入ってからだったのだが、工学系のばりばりの硬派な大学生だった僕が何でそんなものに食いついたかというとバイクがストーリーに密接に絡んでいたからだ。
主人公達は松本市に住む華本家の男ばかりの4人兄弟で、学生の下3人は皆バイクに乗っている。一人一人の恋愛模様が描かれるのだが、次男の蝶太のエピソードのタイトルが「な、泣きそベイビー」だった。冒頭、こんなモノローグが入っている。
12月 涙が出るほど風が冷たい
1月 路面は凍りつく
2月 雪はコケろと言わんばかり
3月 切り口の鋭い風が身に刺さる
4月 まだ風は冷たいが
指折り数えて4か月
満足に走れなかった
松本のライダーたちが
虫みたいに現われて
羽音を響かせはじめる
雪国でバイクに乗っているとじんわり共感する文章なんです。まあ最近は松本もコケろと言わんばかりの積雪は珍しいようですけど。何たって御神渡りが毎年起きない時代だもの。
華本家次男、信大生の空手部の蝶太と、幼なじみの高校生の千也子のストーリー。超ミニのスカートの制服も援交なんて言葉も、ケータイすらなかった時代の話。軽々に良い時代だったと言うつもりはないけれど、眉間に険のある蝶太が千也子を表現するときの「溌溂と瑞瑞しく清潔で生えたてのうすみどりの葉っぱのようだ/通学するときにときどき見かけるのが楽しみだった/オレロリコンかなー −と悩まんでもなかったが−別に見てるだけでなんもしなかったわけだからそれほど重症ではあるまい」という独白が、今ではちょっと違った趣に取られてしまうだろう。
こんなことを考えながらシャンプーしている空手部員が乗っているバイクがRZV500。2ストレプリカの頂点、孤高のバイクである。それを千也子の乗る原付と併走させてヴィーナスラインまでツーリングさせてしまったり、シングルシートのカウルを泣く泣くはずしてタンデムにさせたりするその道具使いが、バイク好きの僕を物語の世界に引きずり込んだ*1。絶対、バイク乗り達の与太話をベースにしているなと思わせるリアルネタである。事実、白泉社から昔出ていたコミックの後書きには、バイクで松本をかけずり回って集めたエピソードがほとんどだと書かれていたように記憶している。後書きには他に、シリアスものを描きたかったこと、三男の梅士の話が収録されていないが、一番描きたいエピソードであること、が綴られていた。後書きも含め、この本に関してはこるちさんがツボを押さえた書評を書かれているのでTB。
- 作者: 猫十字社
- 出版社/メーカー: 白泉社
- 発売日: 1987/11
- メディア: 新書
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ところが、昨日見つけてしまったのです。
- 作者: 猫十字社
- 出版社/メーカー: ワニブックス
- 発売日: 2010/01/20
- メディア: コミック
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今読み返すとすごく影響を受けているのがわかる。桜彦のエピソードでみさきが露天風呂に入るときの独白の「なにかと堅結びになった精神や身体がとけていく」という表現や、蝶太が飼い猫のミチゾーに川魚をお土産で買っていってあげるところなど。
あと、やっぱり時代は変わったなーと思ったのが、限定解除がステイタスだったころの話であること。当時のかっこいい大学生は確かに限定解除を早いうちからして、貧乏なのにでっかいバイクを乗り回していた。今は免許センターでほぼ誰でも大型免許がとれる。そして昔みたいに大型免許を持つ人間が上手い運転をするわけではなくなってしまっている。
それから安房トンネルが開通し、作中にあるような、峠越えの旧道ルートが渋滞することはもはやない。