ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

双子座ラプソディ。

先々週、皇居周りの駅伝に出場。天候は曇り気味で、気温は上昇気味。今回のチームオーダーで僕は4走をまかされることとなったんだが、3走は僕よりひとまわり年上のわが社の幹部で、僕より1分以上良いタイムで周回する、いわばやりにくい人。その人の加入もあって今回チームは過去最高順位。でも個人リザルトは過去最低で、がっかりだった。
第4チームで走り終えた羽蘭が、わざわざ僕の脇に来て「木下さん見て見て」とカボチャパンツの裾をめくってみせる。タイツの色が変わるくらい発汗しているのを見せたかったらしい。なんというか羽蘭はそういう健全なエロを意識して演出している節があって、エロじじいである僕は有り難くご相伴にあずかるわけで。
馬場崎と久里子が招いてくれた土曜日の昼食会は和やかな雰囲気。馬場崎邸の庭は荒れ放題で、何となくゴッホの絵みたいな雰囲気だ。日時計の周りだけが綺麗に刈り込まれていて、遅めの昼食を摂りながらおしゃべりしているあいだ、影はゆっくりと位置を変えながら、のんびりした時間の経過を僕らに知らせた。
「それはなんてーの、提灯ブルマーっていう奴か」
「本人カボチャパンツって言ってたけどね。それで夫婦揃ってダイエットに励んでるんだと」
「あのなあ」
「なにさ」
「お前さん、いい加減に独身の女性相手に真剣に交際するとか、前向きなこと考えなさいよ。なんなんだ一体、恋愛相談相手だ、おでん屋の女将だ、挙げ句の果てに提灯ブルマはいた既婚者だ?」
「…華やかだろ」
「だろ、じゃないよ」
馬場崎の高圧的な物言いは、興に乗って僕をからかっているシグナルだ。久里子は馬場崎と真反対に天然ではしゃぐことが好きなので、ケラッケラ笑いながら「木下君、ただれてるわね−」と混ぜ返す。
「『よつばと!』のあさぎに似た彼女はどうなったの?最近話聞かないけど」
「ああ、ね」
僕はため息をつく。今僕の頭の中にあるイメージは悲劇的にこんがらがった糸玉だ。大体、さっき馬場崎が挙げてみせた女達は、僕とは全くセクシャルな、あるいはステディな関係ではない。渚にしてもそうで、雪遊びの割り勘要員であり、ポタリングの伴走者であり、呑み仲間で悪友だった。だった、という説明をせざるを得なくなったのは、つい最近のこと。っていうか駅伝の打ち上げの時だ。
「実はさ、3月に3連休、あったろ。あんとき渚とマウントジーンズに雪遊びに行く予定だったんだ。日帰りでね。だから佐倉君とかと岩鞍に行くスケジュールまでキャンセルしてたんだけどさ」
「うん」
「朝一で渚んちいってPickUpしようとしたら、出てこないのさ」
いつまでも応答のないことにしびれを切らし、でもまあ前日呑んでたらしいから、今日は潰れたなあのバカ、と思ってさっさと岩鞍に行く先を換え、僥倖的に手に入った3連休をコブ斜練習に充てた。佐倉君とは結局日程が合わず、一人で3日間、尾瀬の定宿にこもって、宿の親父に気の毒がられたり物好き呼ばわりされたりしながら過ごしたっけ。
その夜、渚から連絡があった。彼に別れ話を切り出されたとのことだった。そのまま朝まで彼の部屋で話し合いをしていたそうで、つまり僕が迎えに行ったときには渚は部屋にいなかったのである。それ以来、渚とコンタクトできなくなった。
「そしたらこないだの駅伝の時にさ、知り合いから声をかけられたんだ。木下さん渚と何かあったんですかって」
「ふーん」
いや別に、何もないけど?と応えた僕に、そいつはニヤニヤしながら続けていったのだ。
「渚が木下さんと絶交したっていってますよ」
そんな事をにやつきながら注進するそいつにも腹が立ったが、渚がそんな事を言っているのにもうんざりした。
馬場崎が、ホラ見なさいよ、といって渋面を作りながら笑うという竹中直人ばりのリアクションをしてみせ、久里子は笑い転げる。
「なんなんだこの高校生みたいな状況は、って我ながら苦笑した。それに正直、渚はもっとクレバーだと思っていたんだ。そうでなければ意図的に僕を傷つけようとしているかのどっちかで、後者なら、悔しいことにそれは一定の効果を挙げているんだよ。久里子、笑いすぎだ」
「まあ、以前の木下だったら石橋を叩いてそんな子とは付き合わなかったろうな」
久里子が作ったでたらめなカレーを頬張る。たまにきんきんに冷えたグラスに注いだ水で喉を潤す。その水というのがものものしいシロモノで、薬品用のケース然としたボトルに入っており、蓋ををひねると、バシュ、という音がして封印が破れる。
うさんくさそうに眺めながら、馬場崎が訊く。
「何この水。飲みくちがなんていうか、空気みたいだ。それに何なのさ、その厳重な感じ」
「あはは、これね、ラボで作った超純水なの。冷やすと結構いけるのよ」
「ふーん、なんか洗浄されるウェハーの気分だね」
「いいのよいつも毒っぽいものばかり口にしているんだから、洗われなさい、お二人とも」
久里子はほほえんで付け加えた。
「特に木下」