ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

唐変木につけるクスリ。

木下、ちょっと出ていらっしゃいよ、と、唐突なお誘いを受けて断るほどスケジュールが詰まっているわけでもない我が身の暇さ加減を苦笑しつつ、六本木に向かった僕である。
10年来つき合いのあるその人は、今日は海の日で、東京タワーのライトアップがいつもと違うから、ちょっと外でご飯をいただきたくなったのよ、とカラカラと笑って、まあ転職にも成功したことだし、ご馳走して頂けると思うんだけど。と付け加えた。
突然呼び出しておいて奢れっていうのも、ずいぶん下品な話じゃないですか。しかもバツイチ子持ち相手に。馬場崎が喜んでしまいそうなシチュエーションだ。と文句をいう僕に、馬場崎なんて、放っておきなさいよあの天の邪鬼。木下はお人好しね。まあ、だから今日もつきあってくれるだろうと思ったんだけど。と彼の人は応え、ふと笑った。片頬に魅力的と言えないこともない笑い皺ができる。
六本木ウォーリーで、トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼとピザを肴にスパークリングワインをいただき、六本木ヒルズの展望フロアでスイーツなしのエスプレッソを頼む。
木下と私はなぜ合わないのかしらね。
簡単です。お互い好みではないからです。決して交わらないローカスが、たまたま近づいただけです。ある意味異種接近遭遇なのでしょう。
でも、呼び出せば来てくれるのね。
…暇で物好きだから。
優しいのね木下。そしてちょっと馬鹿よあなた。
原田宗典の短編集に、そんなタイトルがありましたね。
「…なーんて連休の終わりがあってもいいよね中目黒君。ダッハッハぁ〜ビールが旨いな」
「相変わらず妄想力だけたくましいのですね、木下先生。僕にもピスタチオをください」
「いいじゃないか飲んでる時くらい。妄想だけなら逮捕されないよ。ほらピスタチオ。東京タワーが綺麗だね」
「絶対『紅の豚』観たでしょう先生。加藤登紀子がBGMで流れてきそうですよ」
「モテない豚はただの豚だ、だったっけ」
「それ、致命的に面白い間違いです」