ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

もし、世界が荒川土手の夕暮れのようだったら。

昨日のこと。
早めに仕事を切り上げ、青猫に乗って、東武伊勢崎線の鉄橋を目指して堤体の上を走る。
時は折しも日没直後、ものすごい勢いで地平の橙色から蒼空天頂の深い藍色までのグラデーションが変化していくさまは圧倒的ですらある。息をのむ。
鉄橋は幾筋かが並んでいて、TXや日比谷線、JRもひっきりなしに川を渡っていく。対岸を見ると首都高のナトリウムランプが川面にオレンジ色の光を投げかけていて、それら風景は総体としてバブルガムカラーのカラクリ時計みたいだ。
「綺麗な夕焼けですね」
散歩中らしいおじさんがこちらに話し掛けてきた。
「はい。飽きない風景ですね。それに夕暮れのこのあたりの景色は、みんな幸せそうに見えます」
「そう、この時間には日中の雑事が、とりあえずリセットされますからな。1日をまずまず過ごした充足感で、幸せな表情をしながら家路を急ぐ」
おじさんは夕陽に視線を遣りながら続ける。
「もっとも、緩むのは人の気持ちだけではありません。世界に隙が生まれる時間帯でもある」
「?」
「俗に、逢魔が時とも云います。お帰りはお気をつけて」
「…はい」
にっこり笑って、歩み去るおじさんを、なにか薄気味悪い気分で見送った。
きっとあの人なりに洒落た表現で、別れ際の挨拶をしただけなのだろうけれど。
まるで江戸川乱歩の世界のよう。あのおじさんが変装の名人で背の高い塀に囲まれた洋館に姿をくらませてしまっても、逆に違和感を感じない。
こんなこともあって、帰りは現実感の薄いふわふわした感じがずっと続いた。バフルガムカラーのカラクリ時計は、僕の周りで次々に変わる夕暮れの景色を見せ続けた。