ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

Moon Child

仕事は相変わらずの膠着状態。最後に残る案件は常にやっかいなものだけと決まっているので、事業の収束間近の2プロジェクトを担当する僕らのチームの前に立ちはだかるクライアントは、くせ者だらけである。しかも、超悪者といったキャラクターでなく、ごく普通の人が、ほんの少しのボタンの掛け違えから、プロジェクトの足かせになるパターンばかりなのが微妙なんである。
そんな状況だから、悩みはつきないけれど、唸っていれば答えが出るわけではない。すっぱりあきらめて仕事を早めに切り上げ、軽い服装に着替えて事務所の外に出た。青猫は忠実な馬のように、ひっそりと建物の影にたたずんでいる。
中秋の名月だという。
職場近くの土手から河川敷に降りると、昼間の質量のある空気とは違った軽い空気が河に沿って流れている。そして銀色の光のシャワーを浴びせかけるまん丸な月が、背中から僕を照らして路面にくっきりと影を穿つ。
青猫はこの間のメンテの成果か、それこそ音もなく滑るように走る。それはまるで銀色の雲の上を夜間飛行するグライダーで、僕は翼断面を持つ部品になって滑空する。耳元で空気が優しく音を奏で、川沿いの工場は不夜城のごとく紫色の炎を灯し、街灯はトーチを掲げた儀仗兵のように等間隔に行く手を照らし出す。かと思えば積乱雲の影に隠れたかのように真っ暗な森の間を抜ける区間もあり、およそ人工的な光がなくなり道の真ん中にまっすぐに僕の影が落ちるようになったとき、振り返ると泡立つ航跡のように青白く輝く直線路がずっと向こうまで続いている。
浮いたり沈んだり、忙しい毎日だけれど、こういう瞬間があると、ああ、これでいいんだと思う。