ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

完徹なの。

金曜日、帝都公安本部で打ち合わせ。帰りしな出向している小野ヶ森さんに挨拶し、中目黒君のことを話すと、よくわからんなあいつのやってることは、といって笑った。笑うと目尻にしわが寄る。ナイーブでふてぶてしいこの先輩は、近々帝都計画建設公社に設置の噂があるセキュリティ部門の準備のために出向しているらしい。強面の人ではなく、押し出しも強くないが、知らないうちに核心を突いているタイプの人間。おそらくセキュリティ部門は地権者対応の生々しい部分をケアすることになるはずで、そういう意味ではうってつけかも知れない人選。うちの人事の変な的確さを感じる。そういう人事にさらされていることを考えると、自分の身の振りもちょっと怖い。
この人に中目黒君の話を振ったのは実はちょっとケアしてあげて欲しい気持ちがあってなんだけど、きっと何かアプローチがあるでしょう。そういう人。
事務所に帰り、議事録作成もそこそこに仕事を切り上げる。街は昼の熱気をたたえて空気が重く、高田馬場の駅を降りてから山手線の高架を見上げると、パンタグラフの火花がアジアのどこかの都市で見た星祭りのイルミネーションみたいに散った。
ボルダリングジムは盛況で、センターの6級の課題を攻略したいのに常に誰か張り付いている。しかも下手くそなくせに課題のワンパートばかり繰り返してアタックしている馬鹿がいて、はっきりいって邪魔。
「木下君、腰が浮き過ぎなんだよね」と声を掛けてきたのは恩田君である。ここのところ、金曜日にここで会うことが多い。
「脚をこうさ、大きく開いて、ちょっとカウンター当てるみたいにして支持してる逆の脚を使うといいんじゃない」
「うーん、そっか。でもオーバーハング越えるときに支持しているカチがどうしてもはがれちゃうんだよな」
「不用意に振るからじゃない?」
「よくわからないなもぉ」
「こうだってば」
恩田君が一度手本を見せてくれる。恩田君は柔道をしていたこともあって、上半身の筋肉の付き方が僕とは全然違う。フィジカル特性が別のタイプの登りはあまり参考にならない。
「恩田君その登り方、僕出来ないよ。負荷が掛かりすぎる」
帰りしな、ヨウさんの店に寄る。ヨウさんは上機嫌で僕らに手を振った。
「こんばんわー元気?」
「あまり元気じゃない」
「じゃニンニクですね。いいですか」
「いいですよ。特に人に会う予定もないんだ」
ビレイの登山についてちょっと話しているうちに、恩田君が「煙草吸いたくない?」と聞いた。この人が煙草を吸うのは珍しい。どうも何かあったようなんだけど、その何かについては全く話すそぶりを見せず。煙草を吸いながら議論していると、何か学生みたいな気分になる。閉店後近くにある神田川遊水池公園で話の続きをしていると、板橋物置部屋に来たいという。なんか相談したいのか、それとも興が乗っているだけなのか、よくわからない。こっちももう気が済むまで付き合うハラを決めちゃったので、半ば強引にエスプレッソで目を醒ましながら水曜どうでしょうベトナムDVDの話とか、今読んでる本の話とか。結局普通に盛り上がって解散が5時。
恩田君を最寄りの駅まで送って帰る道すがら、大貫妙子を聴く。