ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

ノールームメイト。

高田馬場駅前の居酒屋で、8人で飲んでいた。サークルの打合せと称した下らない合コンで、やたらとエロ話ばかり振りたがるアロハシャツの東工大の男子を適当にあしらっていたら、冷房が効きすぎて寒気がしてきた。
「ごめん、ちょっとトイレ」
佐東ひなたは鳥肌が立った二の腕をさすりながら非常階段に出る。まったく、青臭い性欲のはけ口みたいな下劣な話には飽きあきした。
「ばーか、やってられるか」
このままとんずらしてしまおうか、と一瞬邪悪なことを考えるが、福山雅治ばりの甘いマスクの上智大生に何とか食いつこうとして無駄なアタックを試みている友達(パンダというあだ名)を置いていくのも申し訳ない気がして、すこし休憩してから戻ることにする。
梅雨の明けた東京の夜は蒸し暑かった。ぬめっとした空気がひなたを包む。ああ、ジーンズなんてはいてくるんじゃなかったな。こんな夜はスカートのほうがしのぎやすい。見下ろすと早稲田通りは軽く渋滞していて、そちらこちらに学生の飲み会らしい集団がたむろしている。

首にかけていたヘッドフォンを耳にあて、再生ボタンを押すと懐かしい曲が流れてくる。緩いキックとエレピが特徴的なその曲は、包み込むようなストリングスと安っぽく甘く優しいサキソフォンが被さり、曲空間を作り上げていく。

愚かな女友達 暗記したポルノグラフィ
バスタブで人魚が死んでる 台風が近い空

いつまでこうして 黙り続けているんだろう
世界は続くらしいというのに

昔友達が、この曲を聴いて涙を流していたことがあった。高校生だったひなたは、音楽を聴いて泣くことなどなかったので、びっくりした記憶がある。大学生になった今も音楽で感動することはまれだが、この曲を聴くと友達の柔和な感じと、あの夏の夕方、部室の雰囲気をそっくり思い出す。

目をつぶる。と、波のようなストリングスにゆっくりと心が浸食されていく気分になる。

水の中なら光も言葉も煌めいているだけで
誰よりも上手に抱きしめてくれるの
叱られたあとにプールの底で泣いて
あなたが許してくれる夢が見たい

「佐東お前眠ってんじゃねーよ」
いきなり抱きすくめられて、ひなたはびくっとした。反射的に相手の胸板を両手で押しながら飛び退る。東工大だった。酒に酔っている彼の息は、ザリガニのような匂いがする。
「なにすんのよ」
「なにすんのって、お前なかなか戻ってこないから心配して様子見に来たんじゃねえか」
半笑いの顔。酔いに任せた勢いで自らがしたことについてあやふやに肯定したり否定したり、ゆらゆらと揺らいでいる表情。アロハの上のロングヘアー。

ひなたはゆっくりとファイティングポーズを取る。お、やんのか?と半笑いの彼が両手を中途半端に上げたところでテイクバックし、おもむろにレバーに正拳を叩き込んだ。ぐふぉ、っていう声を出して東工大が崩れる。