ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

馬場崎からのメール

木下へ。
先週まわした日本酒の会の開催案内だが、木下だけ出欠の返事が届いていない。早く返事してください。久しぶりの開催だな。
昨日、つるの剛士の「未来予想図II」のPVを見ていた。歌の内容は木下も知っているあれだ。これからもずっとあなたを愛してるし、二人の夢は思った通りに実現していくっていう。無邪気で力強く、ある意味無責任な、俺たちの歳になるとなかなか吐けない言葉がてんこ盛りだ。背景が宇宙で、歌のサビの部分で流れ星が横切っていく絵が入っていて、そこで俺は思った。恋人と二人で草原にたたずんで、夜空を眺めていると、流れ星が流れる。恋人達はそれをロマンチックだと思うだろうか。俺が久里子とそこにいたら、多少は盛り上がって、そのあと、しばらく考え込んでしまうだろう。久里子はほら、ああいう奴だから俺を放っておいて一人でオールトの雲の話なんかをしているだろう。
宇宙を思う時、真っ先に俺の頭に浮かぶのは孤独だ。
今地球に落ちてくる流れ星は、たとえば太陽系が成立したときに惑星になることが出来ずに宇宙の残滓になったものかも知れない。そいつは、何万年も、何億年も、少しずつ他の惑星の重力の影響を受けて軌道を変えながら宇宙を移動している。太陽系が成立したのは46億年前だと言われているから、46億年そういう状態だったかも知れないし、他の大きな固まりと衝突し続け、今の状態になったのかも知れない。周りにたくさんあった同じような固まりが次々に淘汰され、今の状態になってから、何年経つのだろう。その孤独を思うと俺はいたたまれなくなる。気が狂ってしまうかも知れない。いや、気が狂うことができるような柔らかい感性など、悠久の時間の中で風化し、固着して、もはや何も考えられなくなり、さらにはそんな感性すらも無くなり、表層から剥がれおち、粉々になって吹き飛ばされて、硬い堅いクルミの殻のようなコアだけが残され、その状態で永い間も飛び続ける。そのうち地球の重力に惹かれて大気圏に入り、今までその流れ星が過ごしてきた時間に比べるとあまりにも短い時間で燃えて無くなる。流れ星である俺はそのとき、何を思うだろう。そもそも何か思うだろうか。
先週、日本酒の会のメールの返事で、若村御幸が「メンタルの患者が出て、職場が忙しくなった。残業が増えた分しっかり休みを取らせて貰って、海外旅行に行くので、10月最終週だったらいけない」と書いていた。俺はそれを見たとき、正直怒りを覚えた。
須加が一時期、育児ノイローゼで伏せってたことを、あいつ知らないんだろうか。
須加は「職場が忙しくなるので、無理っぽいわ。どうやら”須加の手も借りたい”状態になるみたいよ」ってあっけらかんと返信をくれたけど、俺はそれを見て須加の強さと優しさを感じたな。そして須加が結婚していて、本当によかったとも思った。
息が合った連中が集まって楽しい時を過ごす、ささやかな企みすらも、こういうすれ違いが起きる。原因に若村の無神経さを据えるのは簡単だ。実際そうだから、俺は若村に腹を立てた。でも、地球から見る銀河が、さざめく星達が寄り添っているように見えて、実は恒星間が何光年も離れているように、息が合っている集団というのは、実はてんでんばらばらで、思い込みのガラスの城みたいなものなのだということを、図らずも今回思い知った気がする。
霧箱って知っているか?透明なガラスが張ってあって、中に霧が閉じ込めてある。この間久里子が研究室で見せてくれた。宇宙線がその中を通り過ぎるとき、軌跡を描く。それで見る限りは、俺たちの周りは飛んでくる粒子だらけだ。だから孤独だと思っている宇宙空間も、案外賑やかなのかも知れない。そうであって欲しい。
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っていうメールを馬場崎から貰ったので、先ほど返信しといた。
「ばばさきくんへ。きみのメールはあいかわらずスクエアで消化にわるそうだ。にほんしゅのかい、たのしみにしています。いつでも、しゅっせきしますよ。くりこによろしく。あと、ぼくにおんなのこをしょうかいしてください。きのした拝」