ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

4年後、僕らは。

別にサッカーに興味があったわけじゃなくて、世に一流企業として名を轟かせている会社の社員とサッカー観戦しながら酒を飲むって、どういう感じなのか味わってみたかったから、というのが放課後の僕をして日比谷の地下クラブに向かわせしめた理由である。
ヘリコプターを売っているマカオさんは、アロハシャツにパナマ帽といういでたちで店の真ん中のテーブルに陣取り、コロナビールを飲んでいた。そんななりをしているのに物腰はいたって慇懃で、それがマカオさんの周りに謎めいたヴェールを感じさせるのだった。
「やあ木下さん、ごきげんよう」京都出身だというマカオさんはかすかな訛りが混じったベルベットな声で語りかける。端正な顔立ちの双子の女子が待者のように付き従っていて、マカオさんが、木下さんにヒューガルテンの大きいのを、というと軽い身振りでウェイターを呼び、たちどころにガラスのバケツと見紛うばかりのグラスになみなみと注がれたハチミツ味のビールが運ばれてくる。
マカオさん、なんかスゴいですね。どうしちゃったんですかこのハーレム趣味は」
「いいんです。今日は4年に1度のお祭りなんですから」
なっはっは、と笑いながらマカオさんは荷物を解く。
「あ、ブブセラ」
「吹いてみますか」
なかなか音が鳴らない。
「かしてみてください」
マカオさんは口をすぼめると、ホルンのような、法螺貝のような音を出した。
「基本は金管のマウスピースを扱うようなものです」
マカオさんはちょっと得意げに、そして恥ずかしげに、なっはっは、と笑った。
試合は派手な得点シーンもなく、緊張の連続する、爽快とは言い難い、ある意味いかにも梅雨っぽいものだったけれど、僕らは歓声をあげ、ため息をつき、マカオさんはブブセラを吹き鳴らし、ピンチを凌ぐと双子と抱き合って喜んだ。
先に言ったとおり、僕はサッカーには全く興味がない。けれど、美味しいビールを飲み、騒ぎながら観る試合はなかなか楽しかった。
最近見かけなくなったけれど、フィルムコンサートっていうものが僕は理解できなかった。何故、コール&レスポンスのない映像を観るためだけに人は集まるのか。そこでは手拍子したり、スタンディングオベーションしたりするのか。そもそもコンサートではなくて上映会では駄目なのか。
でも、今回のサッカーのスクリーン観戦で、少なくとも周囲の人間と共感しながらこういう類のものを観るのは心地よいということがわかりました。
GK合戦で外した駒野が号泣するのを本田が支えてやったのを見て少し貰い泣きしそうになりつつ、店を出ると時間はもう25時をまわっていた。小糠雨の降る中、マカオさんが手を振ると、ずい、と黒塗りのリムジンが近づいて来た。
夜の首都高を回遊するマグロのように、リムジンは音もなく進んでいく。
「木下さん、ボウモアお好きだったでしょう」
双子が差し出したタンブラーを受け取り、ライトアップが消えた東京タワーを窓越しに眺めながらボウモアを舐める。寝静まった風景に包まれたそれは、疲れた東京が見せる、つかの間の舞台裏。
「いい風景ですね」
「そう。夜が明けると一挙に興醒めするけど、ね」
なっはっは、とマカオさんは笑い、双子は車内のネオンに青く照らされて彫像のように微笑む。
4年後、僕らはそれぞれ、次のワールドカップを迎える。一瞬すれ違い、そしてまた離れていく人達。どこか別の、全く異なるシチュエーションで観るワールドカップ。日本代表は8強入りしているだろうか。そして僕は、誰とどこで何をしているだろう?