ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

ノーダメージ。

今日は帝建の仕事がガチバトルだった。
10時、都内某所集合。
某所のまちづくり協議会の代表が、なかなか進まないプロジェクトに業を煮やして、問題点のあぶり出しをするべく、帝建とまち協のメインスタッフを互いに抜き打ち的に集めた。つまりバトルロワイヤルのサドンデスである。昨日、我がチームのボスが話を持ってきて、それからが大変だった。資料作りに手を確保する必要があるのである。電話をかけまくって、オペレーターを幾人か持っている馬場ちゃんを確保。
「馬場ちゃん、悪りい。データを渡すから加工だけ付き合ってくれないか」
「いつまでですか」
「いいにくいんだけど金曜日。しかも今、金払えないんだけど」
「ええっ?」
でも馬場ちゃんはオペレーター数人の都合をつけてくれ、持ち出しにも応じてくれた。
昨日の夜、馬場ちゃんから電話。
「木下さん、データ重すぎです。スクロールが全然出来ません」
「コンピューター飛ばさないで、明日の朝までに作ってくれればいいから」
そんなやりとりの後、馬場ちゃんは徹夜をしたらしい。その資料を持って、馬場ちゃんが待ち合わせ場所にやって来る。
「木下さん、何その荷物」
「A3資料が折らずに入れられるバッグなんだ、これ。ついでに関係資料を全部、入れてきた。馬場ちゃんブツは…」
「見てよ、これ」
それは格闘の後がありありと伺える、十分戦闘力のある資料だった。頭を下げた。
「馬場ちゃん、感謝します」
そうこうするうちにボスがやって来る。リーダーの小牛田さんも一緒だ。
「おう、どんな具合よ」
「とりあえず、準備はしました」
「じゃ、シナリオをひととおり展開してみようか」と言うところからリハーサルが始まり、13時までみっちり調整して、さすがに今日は弁当を作るわけにはいかなかったので、外食。あまり美味くないパスタと、野菜サラダおかわり自由。1000円。
13時50分、某所まちづくり協議会事務所到着。被告席のど真ん中に座らされる。右側にボス、左側に小牛田さん。馬場ちゃんは奥に座った。3分くらいして、まち協の代表、事務局一式、プランナー男女2人。ひととおり名刺交換を済ませてから、いよいよ本題。内容はハナから大荒れ。過去の経緯を踏まえると現在のプランがあり得ないというプランナーと、そもそも必要条件を積み上げていくとこれくらいの改変は当然だという帝建。真っ向から対立する議論の中核は、あり得ないことに僕だ。代表はプランナーの意見を聞きながらうなずいている。
「街の性格上、交通量がこんなに発生するはずがありませんよ代表。そもそも交通プランからして拠点間交通を受け入れたら歩いて移動できる街が寸断されてしまう。そういうスケッチではなかったはずですよね帝建さん?」
「いやいや、そもそも交通量は過去一度として変更した覚えはなく、この交通量を前提として様々な協議を進めてきたではないですか」
平たく説明すればこうだ。交通量が増えたから道幅も広くなり、元来豊かに生い繁る筈だった緑がこんなに削られている。これは帝建の陰謀だ!というのがプランナー1の意見。詳細のディティールを実効性ベースで固めるとどうしてもこれくらいの変更は出てしまう、と言うのが帝建の意見。
プランナー2は女性で、長谷川町子のキャラクターみたいな顔立ちに目だけきいちの塗り絵みたいな風貌の、使えない学級委員長タイプの人。どーでもいーことを長々と説明する。プランナー1は恫喝したり机を叩いたりする悪癖があり、兎に角相手をしていると疲れるのだ。今日も案の定、数回声を荒げると長広舌を揮いだした。こうなると好き勝手言いまくるプランナー1と、それを学級委員的にうっとりと見つめるプランナー2といういつもの光景が出現した。
帝建では通常、リーダーがこういう手合いの相手をするのが常道である。小牛田さんはそれをしない。だから僕が対応をすることになるのだが、小牛田さんは何もフォローを入れないので、結果僕が単独でニュートラルに落とすしか無いのである。つまりプランナー1の言いたい放題に対して、淡々と言われるがままに返答可能なところだけ返すということをしているのだが、今回はボスも居るし、向こうには決定権を持つ代表がいるのだ。ボスは目をつむって内容を聞いている。時折顔をしかめる。ボスに罵声を浴びせるプランナー1の勢いが絶好調になったところで、僕はついに切れた。
「全国統一基準がおかしいのであれば、それは国土交通省に直して貰うべく連絡を取るべきで…」
「来年にはサービスを始めようって言っているときに、基準から作り直せだと?それが街の総意か。あんた、客からビールの注文受けて麦育てるところから始めるのか。客に『今美味い地ビールが出来ますからね−。今、麦から育て始めましたから!』ていうんか。それ言ったら潰れるぜその店。言って見ろよ、街のみんなに。基準がおかしいからただいま作り直しております、プロジェクトはその間止まります、これはプランナー1の提案でそうなったんです、って」
本当はこういう切れかたをするべきではない。そもそもプランナー達は代表の周りをうろうろしているロビイストなのだ。代表の前で恥をかかせると、次から調整が出来なくなる。ただ、今、それを心配するのは僕ではなく、ボスの役目だ。バックアップが付くことでこんなに発言しやすくなるんだ、と僕は内心驚き、これ以上調子に乗らないようにしていた次の瞬間、プランナー1の発言にまた切れた。
「当該機能については、あまり大した説明も戴かずにここまで…」
「あれで説明がされていないというのであればあんた等耳の穴にダンゴムシが詰まってるんだと思います」
ついに、代表が笑い出した。「耳の穴をちゃんとほじって聞くから、説明してご覧なさい」
プランナー1の顔色が変わった。プランナー2は「木下さん、説明になると声が冷静になるのよね…」と、プランナー1に笑いかけ、プランナー1の顔色に口をつぐんだ。
説明を聞き終わると代表が言った。
「つまりこういうことだ。帝建さんは必要性で、物事を詰めたわけだ」
「そうです」とボス。
「そうだね、一方で我々は、元々のプロジェクトコンセプトを、各権利者に説明してしまっている。それでは、今回変更があった場合、権利者の利益になる部分は何処になるか、それを整理してくれませんか」
「わかりました」ボスが応えた。
「じゃ、そういうことで。今日は解散としましょう」代表が場を閉めた。「あと、プランナー達はこちらに来い」
正直、僕はアドレナリンでぐるんぐるんしていて、趨勢がどう決着したのか冷静に判断できなかったが、ボスが、「今日はまあ、佳いとこなんじゃないの」と言ったときには正直安堵した。小牛田さんが肩を叩いて「お疲れさんでした」と言ったときにはもう一度切れかけたけど、苦労して顔には出さなかった。
来週以降の動きを確認し、ボスが帰ると小牛田さんも「別の打ち合わせがあるから…」と消えた。後には馬場ちゃんと僕が残った。
「有り難う馬場ちゃん」
「ま、いいですよ。帰って寝ます」
「本当に有り難う。追っかけ何かで埋め合わせるから。あと、オペレーターにも有り難うって言っておいて」
馬場ちゃんはひらりと手を振ると、ドアから出ていった。
そして、僕は一人になる。
それから事務所に戻り、着替えて荒川の土手を青猫で走り始めると、携帯が鳴った。帝建と調整している、隣のプロジェクトの担当リーダー犬山さんだった。
「木下ちゃん、どうだった」
「ボス曰く、四分六で帝建の勝ち、みたいです。そして犬山さん、僕切れてしまいました」
ことの顛末を愚痴っぽく話すと、犬山さんは大笑いしながらよし、よくやった!と言ってくれた。
「で、負けの分はプロジェクト間の交通のやりとりの話なんですけど、なるべくご迷惑かけないようにシナリオ書いて持っていきますんで、犬山さん相談乗ってください」
「まあ、オレが気にしているのは昨日の時点で伝えたポイントだから、それがカバーできていれば気にしないし、それに」
犬山さんは言葉を継いだ。
「まあ、どうしたって齟齬が出る部分については、木下ちゃんが説明しやすいようにシナリオ作ればオレもその隣もそれに合わせるから」
「本当ですか?うれしいなあ。ちょっとビール飲みたいくらい嬉しいな」
「何、木下ちゃん、今日飲みじゃないの」
「違いますよ。みんな先に帰っちゃって、僕これから家で一杯やろうと思ってるところです」
「おい、木下ちゃん。来年は帝建辞めてこっちの事務所こいよ。とりあえず今日は明石町にいるから、今からおいでよ」
「うわー、すごく魅力的、なんですけど、今僕チャリ通で飲酒御法度なんですよ」
「おー、そっかー」
「でも暑気払いしましょうよ。付き合ってくださいよ」
「おお、やろうぜ。いつがいい?」
電話が終わって、バインディングをはめ直す。誰もいないのを確認して、正直ちょっと泣いた。