ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

帝都雨模様。

今日も放射性物質を含んだ雨が降り注ぐ東京。
朝6時、防災無線から防空サイレンが鳴り響き、今日の放射線量が無表情な女の声で放送される。整然と並んだ白いビルの間を奇妙なこだまを伴って流れるその音が消え去った後に、かさばる防染服を着込んだ人間がそこかしこからひょこひょこと出てくる。あの災害から暫く経った帝都東京の、雨の出勤風景である。
透明なビニールのゴーグルから歪んだ風景を眺めながら、くぐもった呼吸音を響かせて歩く木下未来も、出勤する群れの一構成となる。
こんなふうに、放射線に怯えながら暮らす物語が、昔あったな、と、木下は取り留めなく思う。某G星の火星基地から遊星爆弾が投下されて、地球では地下に人間が逃げ隠れて生活するっていう話だった。あの物語では、敵は顔を持っていた。放射線の中でしか生きられない、青い顔したG星人。それに立ち向かう最後の希望、宇宙戦艦Y。抑圧と焦燥感。歪みが最高潮になったところで放たれるH砲。日程の遅れを帳消しにするW航法。訪れるカタルシス。横溢する自己犠牲とヒロイズム。昭和的スペースオペラ
昭和のころ子供だった人達と等しく、あの頃の未来に住む木下未来を襲った危機は、もっとのっぺりして抑揚の無い、くたびれたおっさんみたいなものだった。
放射線を放ち続ける800平方キロの絨毯。雨と風の具合によって変わる被曝量。緩慢に、しかし確実に射抜かれ続ける遺伝子。
当初居丈高に声を上げていた人はその後急速に減って、世界を無気力が覆った。
結局、弛まないことしか出来ないし、それが一番有効なのだ。体力を無駄遣いせず、何発喰らっても倒れないボクサーみたいに、狡猾で老獪に、しぶとく生き延びるしかない。
そんなことを考えながら、地下鉄の駅に急ぐ雨の月曜日。ちょっと遅刻気味なんである。