ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

板橋物置部屋退去。

どうもいけませんな、と内装業者が云う。床下に水が回ってしまっておりますので、内装全部遣り換えしないと、カビが生えてきます。
某企業の某資産を保管している板橋物置部屋である。先の震災で起こった溢水事故で、倉庫の約半分が水浸しになり、後処理が大詰めを迎えているのだった。資産については企業担当者が点検し、使えなくなったものを仕分けして、美術品の写真複製などしている。とかくあわただしい。
地震で歪んだラックを撤去して新設する段になって、大家から下命。曰く、新しいラックを大阪から取り寄せるのだが、総重量500キロのそれを設置するまで物置部屋内に仮置きする必要がある。木下には一時退去を命じる。
「じゃ、うちに来れば?」と馬場崎
土曜日の午後、観音崎のカフェ「クリアライトハウス」は人影もまばらで、僕らはポーカーテーブルに陣取り、カンパリのロックにジンを垂らして呑んでいた。やわらかい光が差し込むトップライトが特徴的な店で、夜にはそこから星が見える。ビーチ・ボーイズが大好きな店主アラマキはドレスコードにアロハを指定しているので、僕も馬場崎もアロハにカンカン帽というふざけたいでたちで、毛脛をさらしている。
「部屋は余っているし、久里子の変な料理でよければ賄いも出るけど」
「いや、近くに大家の事務所があるから、そこに暫く身を寄せようと思う。それに」
「?」
「久里子の料理な。あれ、当たり外れの振れ幅が大きすぎるよ。ロシアン・ルーレットみたいだ」
「毎日食ってりゃ慣れる」
「なになに、なにたそがれちゃってんのよ」とボンゴレ・ロッソを持ってきた店主のアラマキがいう。
「タバスコ持ってきてよアラマキ」
「これだよ」アラマキはタバスコで料理の味が変わるのを極端に嫌う。
「あんたら舌がおかしいんだ」
「そりゃ、馬場崎はね。久里子の料理がスタンダードだから」
「知らん。こっちは栄養が取れてそこそこの味がついてりゃ良いんだ」
「ほらな。そんなのに一ヶ月も付きあえるかっていう話さ」
「なになに、木下ちゃん、馬場崎んちに居候でもするの?」
「したくないって話をしていた。今」
「家、買っちゃえよもう」
「そうだね」
「あれ、ずいぶん素直な。木下ちゃん家は結婚してからっていってたのは?」
「アラマキ、オンナ紹介してよ」
「これだよ」アラマキは肩をすくめた。