ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

雨降國紀行

直前までルーティングを検討。初日、木曽福島からダートの林道を辿って王滝村にある峠を強行突破して岐阜側に抜けるルーティングを考えていたのだが、その峠−真弓峠とかや−は幻の峠であり、ゲートに阻まれて近年見たものがいないという曰くつきである。どうやら営林署がオフロード遊び対策で幾重にもバリケードをしてしまったようで、クメール・ルージュ政権下のアンコールワットばりに幻の風景になってしまっているらしい。ここで一ノ瀬泰造ごっこをするのもリスキーかな、と考える。何せ青猫はスリックタイヤで、天気予報は曇りのち雨なのだから。
金曜日、0130。レガに火を入れる。ガスは満タンに入れてあるのだが、ガス屋曰く、タイヤがすり減って危険とのこと。ルーティングの変更を同行する恩田君に説明したり、色々頭が痛い。
0230に恩田君を拾い、一路松本へ。車中でルーティングの変更について恩田君にレクチャー。恩田君は、今回ダートがあるからと自転車を改造して来ていたので、文句のひとつも出るかと思ったが、案外すんなり受け入れてくれたので一安心。
駐車場にレガを放り込んで、6時半の電車で木曽福島へ。今回輪行はこの区間のみ。地図を確認したり、仮眠したりしながら1時間鈍行に揺られる。駅に着いたら雨が降っていた。
「なんか滅入るね」と恩田君が嘆息する。
「まあ、望んで体験できるコンディションじゃないから、楽しんでいこうよ」
自転車を組み立て、雨具を着込んで8時20分に出発。361号線の、野麦峠方面にとりついてこぎ始める。新地蔵トンネルまでは容赦のない登り。雨は強く弱く、間断なく降り注いでいる。地蔵トンネルを越えた後、しばらくは快走路。コスモスが綺麗に咲き乱れている。すぐにまた登りがやってきて、水をたっぷりと含んだ濃い、重い緑の林を走り抜ける。九蔵峠、長峰峠を越え、県道に入る。高地トレーニングの盛んなところらしく、高橋尚子の名前を冠した道路があったりするが、えげつない登りであることには変わりはない。救いなのはほぼ車が通らないこと。天候が回復してきて、気温が上がる中、柳蘭峠、濁河峠を超えて下呂へ。109キロ、8時間ちょい。
下呂温泉はナトリウム泉で、気持ちのいい外湯で汚れと汗を落としてビール。夕食後は昏倒。
明けて土曜日。郡上八幡を目指す。小雨。ミスルートをし、登る予定だった柿坂峠を大きく北にそれて新日和田トンネルを越え、馬瀬川沿いを南下。途中美山鍾乳洞なんかを見ながら快走。堀越峠を越える。目的地は高畑温泉泊。これがまたわかりづらい温泉で、周囲に酒屋もなさそうだったので、手前の集落でビールを大量に購入。
バックパックにはもう入らないなー」という恩田君を恨めしく見ながら、全量僕のオルトリーブに放り込む。緩慢な登り下りが続く渓流沿いの道を、なるべくビールをシェイクしないように高速巡航する。15時着。87キロ。おそるおそるプルタブを上げたら思いのほか無事だったビールで乾杯をする。宿の人に、郡上踊りに送迎すると言われたが、眠気に勝てず20時には爆睡。小雨の一日だった。
日曜日。最終日も朝から雨。板取川沿いを南方面に下る。途中で関市のナイフ工房に寄り道する。店番をしていた人の好いおじさんと、自転車とスキーの話ばかりして、ナイフの話はほとんどせず。到着地は岐阜羽島。恩田君は一度も遅れることなく、無事に二人して14時ゴール。87キロ。総走行距離283キロ。その後、レンタカーで松本まで戻り、レガを運転して帰都した。
いろいろ楽しめた今回の山岳ルートだが、以下総括。
■自転車旅行は費用対効果が高い。
手持ち無沙汰には絶対にならないし、身体は酷使するし、ご飯は旨いしビールも捗る。空気のにおいやら雨の味、途中の水のありがたさなども含めて密度が格段に濃い旅程になること請け合いである。2泊3日、総費用4万円でこれだけ楽しめるのであれば、安い!と断言する。
■登りがあれば、それに報いる下りがある。
坂をヒイヒイいいながら自転車で漕ぎ上がるということは、それだけ位置エネルギーを蓄えることでもある。トップが見えたときの下りへの渇望感たるや、なにかSM的イケナイプレイをしている気分になるが、強引に哲学っぽくまとめれば、まあ人生もそんなものだと思ったりして。
■雨もまた乙なものです。
雨をじゃぶじゃぶ浴びながら走った今回の旅行では、晴れの時間がほとんど無かったが、霧に煙った山間の道を辿って走るというのも、案外楽しいものです。水墨画のような風景のなか、滴るような濃緑が迫る林間を駆け抜けるのは、僕らが生まれ育ったこの国がどれだけ豊かで美しいかを再確認させられる。とにかく水は余るほどある事を実感した。
■温泉は自転車旅行におけるオアシスみたいなものである。
環太平洋火山帯に属するわが国のもう一つの美点は、どこに行っても温泉が湧くということ。身体を酷使した後の温泉はもう至福のひと言に尽きる。電車でアクセスする温泉旅行もコンビニエンスでいいけど、自転車でたどり着くそれはありがたみ倍増です。
■身体ができあがってくると、自由度が増す。
一年前と比較して自分の身体のどこが変わったかというと、循環器系が強くなった。心拍も低く、血圧も上が二桁。これが何をもたらすかというと、坂道を上っていてもあまり苦しくならない*1。自分がだんだん解放されていく気がしてうれしくなる。歳を経るにしたがって、自由になるって素敵。

*1:平地ではそんなに遜色ないのに、坂道になるととたんについてこれなくなる恩田君とはそこが大きな違いで、それなりにハードな練習をしているにもかかわらず恩田君の心拍が高い原因の一つは、喫煙習慣が抜けないせいだと思う。