ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

木下先生の部屋。

「あーもー、今度は何を買ってきたのですか先生。こないだ教頭が部屋覗いていきましたよ」
中目黒君いいところに来た。ほら」
「お、秋味ですか。そして何ですかこのいい香り」
「ガーリックオイルを作っているんだ。ほら中目黒君、トマト湯剥きして」
「何なのですか湯剥きって」
「おい、呉服屋は湯剥きをしないのか」
「しませんね。うちは和食党ですし」
「今日日湯剥きくらい出来んとキッチン男子は名乗れないよ中目黒君。ほらトマトのへたを取ってフォークで刺す。そこで沸騰しているお湯に入れて」
「…やりましたけど」
「そしたら皮がはじけたのを見計らって、冷や水につける」
「はい」
「で、めくれた皮をむいてごらん」
「…おおおおー。綺麗だ」
「綺麗だ、じゃないよ。それ、1センチ角くらいにチョップしてくれたまえ。それからお湯には塩をひとさじ投入して、パスタを2束入れて、5分たったらあげて」
「なんだかバンビーノみたくなってきましたけど」
「いいから中目黒君、邪魔しないでくれよ」
「何ですかそれ」
「鱈に薄力粉と岩塩とハーブをまぶしたのさ。これをガーリックオイルで炒める」
「これだけでもつまみになりそうな感じですけど」
「手ぇ出すなよ中目黒君。そこの白ワインとバルサミコ酢を取って」
「はい」
「焦げ目のついた鱈をいったん引き揚げて、さっきのチョップしたトマトを入れる。それからバルサミコ酢とワインと、あとピザ用チーズを目分量で入れる」
「先生、パスタ茹で上がりました」
「よし!汁気を十分切って、こんなかに入れてくれたまえ」
狸穴は8月最後の日曜日で、例年通り生徒は学校に来ない。夏期休暇の課題の仕上げに忙しいか、休みの最後で家族で出かけるかどちらかだからだ。一方、教諭連中は休み明けのカリキュラムの準備などで休日出勤している人ちらほら。休みの出勤時くらい、まともな飯を食べたいってものである。
「先生このコンロ、家庭科実習室から持ってきたでしょう」
「だってね中目黒君、こういう料理って火力命なんだぜ」
「論点が見事にずれましたけど」
「中目黒君、君これ食べるだろ」
「当然です」
「だったら黙ってお皿出しなさい。トマトと白身魚のパスタだよ」
即席のトラットリアにしては、充実の昼食である。これ、ママ−のパスタの袋の裏に書いてあったレシピをちょっとアレンジしたんだけど、旨い。ただ、薄力粉がダマになっちゃうのは改善の余地あり。実験台の上にギンガムチェックのランチョンマットを敷いて、パスタと、ジョッキにビールを注いで、早速昼食。
「そうそう、何ですかそれ」
「あこれ?LEZYNEのフロアポンプ。アルミの削りだしが美しいだろう?それに軽いし」

「前使っていたパナソニックのは?」
「あれ、バルブをロックする機構がちゃちすぎて駄目なんだ。バルブを噛み折っちゃうんだよね。それに満足に固定できないで途中で空気圧に負けて外れちゃうし」
「あとは?」
「チェーンでしょ、ブレーキシューにブレーキケーブルでしょ、あとシフトケーブル。バーテープも。来週恩田君がメンテナンスのレクチャーしてくれるっていうんで、この際全部新品にしちゃおうかと思って」
「恩田さんって、木下先生とツーリングに行っちゃ喧嘩してる人でしょ」
「そう」
「仲良いんですね」
「Give and Takeさ。お互い相手とつるんでメリットがあるうちは呉越同舟するんじゃないかな」
この買い物を含め、この週末は青猫に乗ってごりごりと100kmくらい都内を走り回っていた。皇居周りとか、明治通りとかを走っていると思いの外都心部はアップダウンが多いことに気づく。神田川に向かって下る千歳橋の坂や、渋谷から青山通りにつながる宮益坂など、ジャブ程度に繰り出される上り下りがおもしろい。河川敷一辺倒で走っているよりも色々と勉強することがあるし、何より飽きない。