ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

ドリフター。

馬場崎は荒れていた。
週末金曜日の「クリアライトハウス」は観音崎あたりに艇庫があるらしい2、3人の大学生ボート部員が変な替え歌を唄っては大笑いしている以外は、僕と馬場崎しかいなかった。
「大体、深刻ぶってるやつに限って、世の中ナメてるんだ。それで戦わずして負けてさ、さらに悲劇の主人公になった気分に拍車がかかる。ネガティブ・スパイラルの典型だよ」
「機嫌なおせよ、ほら」
12オンス・タンブラーにタンカレー・ジンを2ショット、ベルガモット少々に粗挽きのペッパー。で、「二死満塁」というカクテルが出来上がる。アラマキがタマコンニャクの煮付けを出してきて、なに怒ってんのよ馬場崎は、と僕に尋ねる。
馬場崎の会社の会議で、プロジェクトのひとつのプレゼンが、30分も時間を取った挙げ句に成果がゼロであることを悪びれずに発表した。何故、困難が克服できないのか、どれだけ真剣に取り組んでいるのか、熱弁をふるうプロジェクトリーダーに、馬場崎は冷たく言った。
「やらない理由を500も並べるのに、経費と時間を使う必要ってないよな。あんた、なんでそんな自己満足を会社のカネ使ってやってるんだ」
しかし会社はそのプロジェクトを存続することを決めた。冗長性を確保することも必要なんだそうだ、と馬場崎は不満げに言う。
多分、対立軸を明確にしない方が、社内では、やっていきやすい。しかし組織の理論にあぐらをかいて、のうのうと、何もしない奴がシラミみたいにころころ太っているのが、俺は許せんのだ。だいたいそいつ、自分の運勢を占いやら予言やらを見て決めるんだぜ。
「許せるか、そんな奴」
「…別にいいんじゃないの」とアラマキ。
「一生が終わるとき、責任取るのはそいつだし。最後まで占い任せで、面白い人生が送れたらそいつの勝ちでしょ」
「そんな奴と、パートナー組んで仕事したいかって話」
「あ。それは嫌だね」と僕。
そんな人間に信をおいて仕事するのは、船長が操舵を放棄し、漂流するボートに命を預けるみたいなものだ。あるいはマスターが客と一緒に呑むようなクラブに、一流のサービスを期待するみたいなものだ。
「俺はね木下、自己正当化と自意識過剰と自己憐憫に浸っている奴が、大っ嫌いなんだ。そこらの麻薬やってるジャンキーと、大して変わらん。そいつが信じている神様だって、多分ラリッてる」
「簡単だよ馬場崎。そういう輩は徹底して付き合わないことだ。存在しない人間であれば、不愉快になることもない」
「木下ちゃんは変わったね」とアラマキ。「昔はそんなことを言う奴じゃなかったのにな」
「別に、変わっちゃいないよ。昔は周りに害を及ぼす人間がいなかっただけで、そういう奴がいたら、やっばり同じようにしたと思う。昔も今も、ささやかな僕の幸せを守るので、精一杯なのさ」
アラマキはため息混じりに笑ってみせた。「ま、アロハシャツを着た同士がやって、締まる内容の会話じゃないね。馬場崎、飲め」