ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

小学生男子的妄想夢。

  • プロローグ

自転車に乗った小学生くらいの男子って、だいたい同じようなことをしたり、想像したりしています。定番としては、ぶぃーん!てオートバイのエンジン音の口真似をして走るとか。それから坂道をブレーキなしに駈け下るチキンレースも。たいがい誰か派手に転けて、顎に大きなかさぶたをつくります。それが剥がれたあとには黄紫の斑ができていたり。
その年頃にとって自転車は、飛行機になったりスーパーカーになったり、挙げ句に宇宙船にロボットにと、変幻自在です。とにかく彼らは自分の自転車は最強最速だと思っていて、トップガンを観れば自転車はトムキャットになり、マーヴェリック気取りでサムアップしたりします。かと思えばキャノンボールごっこで街を縦横無尽に走り回り、勝利の美酒ならぬチェリオに酔ったり、猛烈な便意に耐えながら「ごめんねララァ、僕にはまだ帰る場所があるんだ…」なんて呟きつつよろよろと家路を急いだり(そして当然、自転車は捨てるように投げ出し、自転車置場から便所までは「ちょい右」「まっすぐ」とかぶつぶつ言いながら宇宙遊泳よろしくよたよたと進み、最後はカウントダウンというのもお約束ですよね。ですよね!)、そうかと思えば「うちゅう〜のうみは〜おれ〜の〜うみ〜」って歌いながら両手離&腕組(あぶないです)。身に覚えのある方も少なくないのでは。全般に連想するネタが昭和臭に満ちているのは、ひとえに僕がその時代に小学生だったからに他なりません。
自転車があれば何処へだって行ける。何にだってなれる。そんな少年時代。
そのベクトルに沿って定規を当てて、それなりの年齢までびびっと直線で繋ぐと、延長上に長距離ライディングやら自転車レースやらに興じるおっさんライダーが誕生します。そんな僕が昨日見た夢の話。

  • 自転車が主な兵器である軍隊に属する僕・作戦行動中

長距離移動部隊に属する僕は、作戦行動で国道を北に向けて走っている。夜通し走って峠を越えた今は快適なクルージングが続いている。人通りのない往復2車線道路には朝靄がかかり、風切り音と微かなメカノイズだけが聴こえる幽玄の世界である。整備兵の仕事は丁寧で、磨きあげられた車体は傷すら輝くコンディションである。
軍隊ではロードが人気だ。誰よりも軽く速く、フィールドを駈け去るのは素晴らしい体験だ。あるいは埃っぽい夏の夕方、ブリーフィングや機体の整備に倦んで外に出たとき、遠くスカイラインを視界の端から端までロケットのように過ぎていく銀輪の群れ―お互いのスリップを活用しながら渡り鳥のように移動する―は、現実感が薄れてお伽話の挿し絵のような美しさすらある。
局地的な作戦行動ではMTBも好まれる。上下移動の多いロケーションでアクロバティックな乗り方が出来るものは、MTBの部隊に勧誘されるのが常だ。入隊してからテクニックを磨いて、ダウンヒルの多い山岳部隊に転属する兵もいる。そんな技量のない一般兵は、大抵は市街のパトロール勤務で回遊する任務につかされる。緊迫感のない現場で、マシンもハイテンション鋼を使った、稼働状況に見合ったコストのものが支給される。だからたまに山岳部隊や、市街地特殊部隊が彼らの支給機材と現れると、同じMTB部隊でも全く雰囲気が異なる。山岳部隊の青色をベースにした迷彩ヘルメットや、市街地特殊部隊の灰白色のベストは、子供達の憧れである。陽気な山岳部隊員がフルサスペンションの重厚なマシンで深いバンク角コーナリングを見せてくれたりすると、子供達は喝采して喜んだ。
市街パトロールではミニベロも使われるが、機体の重量が重く、作戦行動時には好まれないのだった。 「あれは局地用だからな」と兵たちは言う。買い出しにはママチャリの方が積載量が多いし、雨天時の走破性も期待出来ない。
それらに比べるとランドナーやツアラーを使った長距離移動部隊は地味だ。菜っ葉色の制服は目立たないし、荷物を満載して移動する僕らは孤高の移動屋である。1日走って200kmを稼ぎ、国内津々浦々を巡るのである。

  • 物資の輸送とロードの燃料補給

僕が移動しているその頃、近くの部隊で動きがあった。遠く離れた部隊に資料を届けるための方策が練られ、移動中の僕に託されることになったのである。ロードの部隊に命令が下され、国道沿いを移動している僕に物資を託すべく1台のロードが出撃した。部隊の駐屯地から出たロードはぐんぐんとスピードを伸ばし、国道に合流していく。駐屯地からはあっという間に見えなくなる。
ロードの移動速度は40km/h、巡航速度20km/hで移動する僕に追いつくのは時間の問題である。しかしロードは腹が減っていたので、途中で食糧の補給を受けることになった。
照りつける太陽の下で速度を上げ、時間と距離を稼ぐロードの無線が空電の音を立て、次いでサポートカーから連絡が入る。
「今後ろ1kmだ。これから補給する」
「はやくしてくれ、ハンガーノックをおこしちまう」
クリック音とともに無線が切れる。
程なくしてサポートカーがアクセルを短く2回鳴らし、うしろからゆっくりとロードに近づく。ロードの横に並んだサポートカーの窓が開くと、エンジン音に加えて風切り音が響く。
「おい、メシだ」
「ありがてえ」
サポートカーの窓からサイクルボトルとレーションが手渡される。ロードはボトルをホルダーにセットするとレーションをぱくつき始める。しばらく併走していたサポートカーは交差点で折れ、ロードは残ったレーションを飲み込むと、ボトルのドリンクで流し込んだ。

  • 資料の引き継ぎ・そして旅は続く

僕は荷物の重さにあえぎながらペダルをハイケイデンスでまわす。ストラップにくくりつけた無線から空電がながれ、ロードから連絡が入った。
「今後ろ200mだ。視界に捉えた。これから資料の引き継ぎと補給を渡す」
僕は無線を2回クリックして、両手をハンドルから離し、肩にまわしたバッグのジッパーを開ける。
ロードが後ろから音も立てずに近づき、併走し始めた。
「おつかれ。資料はこれだ」
手渡された資料をバッグに収め、ジッパーを閉める。
「それから、これは補給だ」
制服の背中のポケットからレーションとボトルを取り出し、僕に手渡す。僕はレーションを受け取って食べ始める。ロードはしばらく併走しながら戦況と周辺情報、部隊の四方山話などを話す。
街の境で、ロードは挨拶をしてバンクをしながらターンし、僕から離れていく。僕は重たくなった荷物に軽く悪態をつき、後は口をつぐんで黙々とペダルをまわす作業に戻る。国道はずっと続いていて、目的地は遙か先だ。陽炎立つまっすぐな国道を見ながら、僕はひたすら距離を稼いで行く。

  • エピローグ・無駄な妄想力と、女子の反応

っていう夢を見たという話をしたら、案の定相手の女性から大笑いされた。
「そもそもどういう戦争なの」
「僕にも判らない」
「大のオトナが大挙して真剣に自転車に乗ってるっていう戦争?」
そう、何が勝ち負けか、どういう戦闘が行われるのか、まったく判らないまま夢の中の僕はひたすら自転車を漕ぐという任務を負っていた。まあ、自転車道楽をしている人の自転車感なんてそんなものなのだ。山に登るとか速く走るとかの目的は後からつけるのであって、まず自転車に乗りたい、という欲求が前提なのである。
「自転車に乗るシーンが脈絡無く脳の中にあって、それに勝手に目的をアレンジしてつけたら、こんな夢になっちゃったってことじゃないだろうか」
「いやごめん、全っ然理解できないわ」
まあそうでしょうね。考えてみたら小学生の時分、掃除時間にオレの自転車サイキョー、とか妄想話に花を咲かせ、口角泡を飛ばしている男子をしれっとした目で見て、女子たちはよく吐き捨てたものです。
「あんたたち、ばっかじゃないの。早く掃除してください」