ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

遠回りして帰ろう。

20時30分に職場を出る。重たい鉄の扉を開けると、すぐに圧倒的な冷気が僕を包み込んだ。青猫もキンキンに冷えている。ついたため息までご丁寧に白い蒸気になった。
冬である。
クリートを嵌めると乾いた音が響いて、僕は河川敷に向けてペダルを回し始めた。自転車で使うエナジーの70パーセントは熱になる。だから動きだせば寒くなくなる。大事なのは熱を逃さないことで、ウィンドブレイカーを着込んで空気の層を作ってやると、カプセルに包まれたみたいな安心感を覚える。夏だったら確実にオーバーヒートしているところだ。
河川敷に入ってすぐ、自分の影がくっきりと路面に落ちていることに気づいた。振り仰ぐと白銀の月が僕を照らしている。辺りはセロハンを通したような、海の底めいた光に包まれている。その光は風景全てを青く冷たく磨き上げているのだった。
アスファルトは鉛色のスクリーンになって、僕の姿を映している。なるべくそれがぶれないように、静かに青猫を走らせる。青猫は白い川を流れる船みたいに、音もなく滑っていく。周りに渦巻く大気は、冷えた水銀のような流体になって僕の顔や手や、つま先の体温を奪い続けた。
頭上には大オリオンが、永遠にさそり座を追う姿で天に掛かっている。見下ろされる僕は、寂寥感に潰されそうになりながら板橋物置部屋に急いだ。E.T.のエリオットの気分。