ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

そのボリュームで。

水曜日の夜である。
新宿駅南口から鉄道省本部の黒々したビルの足元を鼠の足取りのように細々と代々木方面に抜ける路地がある。バラック然とした家屋の軒が覆い被さるようなその小路を稲妻型に抜けようとするとかならず躓く防火用水のバケツがあり、なんだよこんなところに、と毒づきながらひっくり返ったバケツを戻そうとしてふと目を上げるとそこにバー「ろくしたん」の扉があらわれる。
帝都を覆った薄い雪の膜は冬の薄日に切れ切れになりすでに道端に集められた氷片がその名残を留めるのみだが、この裏路地にはザクザクしたザラメ様の雪がしぶとく冷気を放っており、さながら水晶の夜のごとき様相であった。
それがとりついている建物の古式ゆかしい様式とはおよそ似つかわしくない黒檀の扉をおすと、ぎい、と音がした。
「木下さん、オンタイムですね」
と店幅いっぱいのカウンターの真ん中あたりに陣取り、首だけこちらに向けて挨拶してきたのは鉄人28号ばりの立派な体躯をした怪人、虫掛君である。
「やあ、しばらく」
ボウモアのロックを頼むと、重たい、しかし薄手の6オンスタンブラーに丸く削られた氷が入り、ステアされた。丁寧な仕事である。
「虫掛君、なんなのこの店」
「ここはね、バーテンのお尻がいいんですよ」
カウンターに入っているのは若い女性とマダムだが、揃って巨大な臀部をこちらに向けている。
「ふうん。虫掛君、太った女の子が好みなんだ」
「そうですね。ブラジルとか、古代中国とか、大地の豊穣を象徴する太った女性を礼賛する系譜の嗜好、とでも言っておきましょうか」
太った女の尻を見ながら、130キロの虫掛君と酒を呑むのは、まるでテリー・ギリアムの描く悪夢のようにシュールだ。
「木下さんは、大きいお尻は嫌いですか」
「体型にこだわるつもりはないけれど、敢えて好んで大きいお尻を求めたりはしないね。まあ、不健康でない程度に太くも細くもないのが佳いかな」
お尻の持ち主達は狭いカウンターの中を並行し交差し融通しながら丁寧に乾きものを出し、丁寧にチェイサーを換えた。
今日は仕事の打ち合わせである。2か月ほど、虫掛君と出張に出るのだが、現地までの行程と待ち合わせの段取り、生活物資の確保の状況、等々。レガシィには冬用の装備を追加することになり、週末にラッセル用のスコップとチェーンを購入する。虫掛君は暖房器具を確保して、出発の日まで保管しておく。
そんな話を、豊満な臀部の競演を眺めながらまとめた。
「じゃ、そういうことで。何ですか木下さん、言葉少なですけど」
「いや、ちょっと胸焼けをね」
何だかお茶漬けが、無性に食べたい。そして、小さなお尻を抱いて眠りたい。少なくとも今日は。