ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

Life goes on.

窓さんは、僕らの班についている運転手さんだ。ひょうひょうとした物言いで僕らとバカ話ばかりしている。
「ガラス瓶を暖めて、そこに刻んだ葉わさび入れるっしょ」
「はい」
「そこにお湯入れて、間髪入れずにふた閉めると、風味が逃げないのさ。そこにめんつゆと日本酒入れて、めかぶと和える。日本酒と合うよぉ」
「旨そうですね」
「うん、旨い。軽く死ねる」
「棒たらとどっちがいけますか」
「うーん、家ではどっちも禁止令が出てる。あっはっは」
車の外は雪が降っていて、現場に行くまでにわだちにハンドルを取られること数回。そんな中で、窓さんは魚の煮付けの完璧なレシピを教えてくれたり、旬の食材を指南してくれたりする。窓さんちは米屋さんなのです。
「ウチはどんな厨房にでも出入りできるからさ。これどーやんのぉ?っていうの、わりと気軽に訊けるのさ」
「いいですね」
「いいでしょお」
「で、酒の肴づくりに役立てると」
「そう。そんで呑みすぎて嫁に怒られると」
そんな窓さんは、震災の時に炊き出しに大わらわだったとか。
「ほかの避難場所がさ、余所ものには飯を食わせなかったりするからね。ウチは絶対、来るもの拒まずの方針でやったった」
「でも、大人数の料理って大変でしょ」
「慣れさ。600人に炊き出しできるようになれば、ちょっと自慢できるっしょ」
窓さんは笑う。
「そんなときにさぁ、えらいテンションで”窓さんがんばろうねっ”とかセンセイにいわれたりすると、微妙なんだよな。もう頑張ってるって、こっちは」
「センセイって?」
「ほら、隣町の町議の」
「ああ」
その人だったら知っている。震災以来、安全なところにずっと逃げていて、選挙の時に帰ってきて被災者の代弁者を自称した人だ。
「あの感覚の違いったらないよなぁ。こっちはもう巡航速度でやってんのに、ことさら気合い入って来られてもなぁ」
だから余所ものの、ワケのわからない泡沫候補に300票も持っていかれるのさ、あのイロモノは、と窓さん。しれっと辛辣な言葉を口にする。
そう、これは日常なのだ。ご飯をたべて、仕事を見つけ、家族を養う必要がある。神様はときに乱暴に、人間のたゆまない営みに石を放り込む。それでも淡々と、人生は続く。
「ばっけもそろそろ生えてるから、鹿に食われる前に採らないとな」
「ばっけ、ですか」
「そう。ふきのとうだね。刻んで水にさらして味噌に混ぜるとばっけ味噌。えぐみが好きならあく抜きをしないのもあり、と。旨いよぉ」
「いいですねぇ」
「いいですよぉ」
おかげで自炊率は100パーセント。沿岸部の食材は多彩で、そして美味しい。