ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

たとえばこんな自転車旅行。

ひねもす病院のベッドに寝転んで鼻毛など抜いていると、旅に出たくなる。窓の外は初夏のチェレステ・ブルーの空。カーテンを揺らす風は新緑の香り。手元に目を遣ると、旅行用の最小携行品バッグがある。とりあえずこれだけあれば、突発的旅行に出ても困らないセットで、中にはメガネクリーナーや筆記具、ノート、細引き、ナイフ、ランプ、トランプ、方位磁針などが突っ込まれている。緊急入院になった今回、レガシィのラゲッジから引っ張り出してきたものだ。
峠を越えて湯治旅行にいきたい、というと、見舞いに来た職場の自転車仲間は、何云ってるんだ、と苦笑いした。最初は平坦地で慣らしをするものでしょうが。
そうですね、と応えてはみたものの、真っ平らなところを旅するのは、その実あまり好きではない。風景に減り張りがなく、達成感ももの足りない。湯治旅行であれば、先の最小携行品に着替えと入湯セットを加えて、コンパクトにまとめた荷物を背負ってしまえばよい。甲府駅あたりまで輪行し、それから120キロも走れば信州の山の中である。これからの季節、そほ降る雨の中、杉林を抜けて温泉宿を目指すのも乙なものである。盛夏の最中なら渓流沿いを走るのが気持ち良さそうだし、秋に実現できるなら紅葉の谷間を、冬なら冷えて枯れた里道を、走り抜けるのは無上の楽しみだ。
そんな空想の旅程を漂いながら、早く骨が付くのを焦がれるベッド上なのである。