ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

髪を切る。

世の中はオリンピックだという。
金曜日の夜は粘っこいクライアントとの折衝のあと、志摩に呼ばれて新宿センタービル銀座ライオンでビールをいただいた。
疲れていたので早めに切り上げ、むしむしした大気の中泳ぐように板橋物置部屋に帰ってきた。スーツを洗いたいなあ、と思いつつ昏倒。
明けて土曜日の朝8時、アラームにたたき起こされ、シーツから身体を引き剥がす。ベッドの上から見渡す部屋は、微妙なバランスでぎりぎり成立していない前衛的混沌とでも表すべき風景。山積みのビジネス誌のいちばん上を手にとって、斜め読みしながらソックスとパンツを発掘し、歯を磨く。途中数回の崩落事故が起きるが、見てみぬふりをした。
レガシィに火を入れ、アクセルを踏み込み気味に行きつけの美容室にいく。首の傷について話しているうちに散髪終了。
朝ご飯を疎かにしていたので、家に戻らず、信濃町まで車を走らせる。目白通りは物憂い夏の休日の様相で、午前中とはいえ日差しは攻撃的だ。窓を開け放して風に当たっていたが、ぬるく重い空気は涼しさを全く運んでこない。
何やら物々しい宗教施設の裏手、バラック然とした建物が並ぶ集落に車を乗り入れた。びっくりしたように鳩が数羽飛び立つ。そのすぐ脇を総武線がブレーキを鳴らしながら走る。やかましい場所である。陽に焼けた青いペンキ塗りの店は、「ホー・チ・ミン・エクスプレス」だ。
「おばちゃん、久しぶり」
「あら、元気だった?」
「おかげさまで、と云いたいところだけど、実はいろいろあってね」
骨折の話をしながら、ライスペーパーの春巻きと、豚の炭火焼きと、鶏肉のフォーをいただく。油で曇ったブラウン管テレビでは、どうやらオリンピックの中継だか録画だかを流しているようだ。
「おばちゃん」
「なんですか」
「見えないよこれ」
「そうね。磨いてみて」
「…止めておくよ。たいして興味もないし」
「あら、そうなの」
「スポーツはやるものです。わざわざ店のテレビを掃除してまで見るものでもないでしょうよ」
「そんなもんですかね」
「人生が壮大な暇潰しだったとしてさ」
グラスについた無数の小さな水滴を拭うと、テーブルに水の跡がついた。太陽がそれを、少しずつ消していく。
「無為な時間テレビ見て過ごすか、身体を動かして何か手に入れにいくか、どちらか選ぶなら、俄然後者であり続けて死にたいヒトですから」
「随分エキセントリックな見識ですこと」おばちゃんはグラスに冷茶を足してくれる。
「そう偏った見方でもないんだ。療養中にどんだけ肥ったか」
そう、そんな大上段に構えた話ではない。今は夏で、太陽を楽しみ、いつものように冒険旅行に出かけたいだけなのだ。
なのに。
日曜日は「ヘルター・スケルター」を観に池袋へ行き、丸井でヴィサルノのパンツを2本買った。

檄上手いchiken。ベースの入りの歯切れ良さで魂をもってかれる。Keyのストリングスにベンドがかかるところはいただけないけれど。