ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

晩夏ランブリング。

訳の分からない指示を出し、職場を混乱に陥れる。話し合いの内容を3割しか記憶せず、それを基に話すと相手に2割しか伝わらない。そんな上司を、木下は苦笑いしながら「ぬえ」と呼んでいる。
蝉も鳴き嗄らす水曜日の夕方、ぬえ対策にアタマを抱えていた木下の席に、阿南が顔を出した。この男、わかりやすく飲みに誘う。
某宿場町の路地裏、海老ばかり食わせる店で杯を重ねながら、阿南の昇進試験の勉強の進め方やら、ぬえの愚痴やらを肴に飲む。21時にはどれどれに酔っ払ったおっさんがふたり、出来上がっていた。
店を替え、さらに飲み続けるうちに携帯電話で片端からイタズラ架電をはじめるあたり始末が悪い。だいたいが残業中か、放課後活動中のなか、引っかかったのが気仙沼である。大学のOBと飲んでいるとかで、訊けば長万部課長だという。
長万部課長?事務所事業課の?」
「そうっす。木下さん日比谷来ませんか」
「なにそれ」
「課長が人事面接するっていってます」
案外こういうところで来年の身の振りが決まるから恐ろしい。
さんざっばら飲み散らして、終電で帰宅。帰り道、満月でほの明るい道のあちこちに、点々と落ちる黒い物を見る。近寄ったら蝉の死骸だった。皆一様に脚を折り曲げ、空を仰いで転がっている。ぬるい風が吹くとカサカサ音をたてる。生きていたころの騒々しさが嘘のような、静かな死にざまだった。
気がつけば8月末日、夏の終わりである。