ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

撤退最終局面

帝国宇宙軍船籍の小型船ナカノ・エルミタージュ2000はいまやその役目を終え、軍から除籍される手続きの最終段階にある。私は最終チェックのためナカメグロ軍曹と一緒に艦内を歩いているところである。といっても、ナカノ・エルミタージュ2000は小さな船なので、チェック自体はそんなに手間ではない。だが昨夜、7km先に係留してある新しい宇宙船に装備を運搬するのに4往復しているせいか眠いんである。

今度のイタバシ・エルミタージュ2008は新造船ではなく、元々貨物船として登録されている船で、図体はでかいが居住スペースはあまり広くない。ただ貨物スペースには物を大量に置けるので助かる。

「先生」
「なんだいナカメグロ軍曹。その呼び方をやめてくれたまえよ。なんだか馬鹿にされてる気がする」
「えーだって、先生って言う方がしっくり来るんですよ何でか知らないけれど」
「実は私もナカメグロ君って呼ぶ方が口馴染みがいいんだ。何でだろうね」
「なんでそんなばかでかいあくびをしているのですか。デブリを吸い込みそうな勢いですけど」
「昨日深夜にコミューターで運搬作業をね」
「何でまた深夜に。怪しいな」
「航路が空いていて、昼間ではちょっと考えられない短時間であっちの船にアクセスできるんだよ。それでもすべて終えて途中の喫茶船に寄ったときには4時を回っていたけど。疲れて眠かったせいで不用意に口にした牡蠣グラタンでやけどを負ってしまった」
「大丈夫ですかそんな生活していて。週明けには第4四半期戦役に服役するんですよ」
「知らん。何とかなるだろう。今日明日で調整をするよ」
「ホント、ちゃんとしてくださいよ。うわ」
「なんだい藪から棒に」
「なんですかこれ。小さい船の割にすごい電装ですね」
「対電子情報戦性能はちょっとしたものなんだ。全く使いこなせていないがね」
「そのかわり調理空間やリラクゼーションスペースが犠牲になっている、変な船ですね。オペレーションラックは2組?なんでこんなにツーリング用具があるんですか。先生整理が悪すぎです。っていうかこの配線なんですか。アールデコアラベスクみたいにも見えますが」
「機器の増設と変更を繰り返して九龍みたいになっちゃったんだね。ほら、埃が鍾乳石のようだ」
私はゆっくりと配線をはずし始めた。さよならナカノ・エルミタージュ2000。さよなら激動の8年間。
「ナカメグロ君、アポロ13号を知っているか」
「知ってますけど」
「あの事故では着陸船にある酸素を使って危機を凌ぐんだけど、アクエリアスっていう船名でね、最後切り離す時にジム・ラベル船長がこう言うんだ。”Goodbye Aquarius, and we thank you.”ってね。」
「先生、感傷的になってるんですか」
「感傷に浸りたいんだが、こうもあわただしいとね。どたばた喜劇みたいだ」
さいごのチェックを終えて封印を張ると、私たちは船外へ出た。さよならエルミタージュ。いい船だった。船内クリーニングの追加請求が来ないことを祈る。それだけホントに気がかり。