ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

谷へ続く道。

青猫をパッキングして、茅野まで輪行。倒木が乱したJR東日本中央本線のダイヤは、10分遅れで発車した新宿発スーパーあずさ1号の足を引っ張り続け、茅野駅に降り立ったときには2時間ちかくスケジュールが押していた。
パートナーはザ・マイペースの恩田君。ルーティングは単純で、152号線→伊那→361号線→19号線→木曽福島。途中、杖突峠、権兵衛峠を越える、まあまあの歯ごたえのコース設定である。
茅野駅を降りて、国道152号線を探して右往左往すること数km、やっと安定してルートを捕捉したと思ったら、いきなり峠道に取りかかることとなった。あまり車通りもない静かな道で、勾配もたいしたことないのだけれど、下りが一度としてない、恩田君云うところの「逃げ場のない峠道」。10km近い登り坂をノンストップで来られるようになった恩田君は、以前天城でひいこらしていた姿に比べたら大進歩。しかし休むたびに煙草をふかすっていうのはパスハンターとしてどうなの、と苦言。ああ、この人の煙草の吸い方、汚い*1な〜と半ば呆れつつ。
この時点で険悪な旅行になることは、ほぼ確定となった*2
自転車に乗る人間が紫煙愛好家であることは、珍しくない。ただ、峠攻めしているときに煙草を吸うのは、エレガントではない。「誰よりも速く登坂してますが何か?」というのであればいざ知らず、である。
昼御飯は蕎麦屋にて。古民家をそのまま使った、天井の高い畳敷きの座敷にあぐらをかいて、蕎麦を手繰る。蕎麦粉のさくっとした歯触りが心地よく、かといってのど越しが悪いわけではなく、旨い。冷やした焙じ茶が身体に染みる。
「権兵衛峠は杖突峠より辛いよ、頑張って!」と店の人に励まされて出発。時間も遅かったので、旧道を攻めるのは諦めて、361号線を権兵衛トンネルに向かう。それでも、店の人が「辛い」と言っていたのがよくわかる。びたーっと直線で、道に変化が乏しいのだ。振り返ると伊那市が見渡せる絶好の展望で、あははは〜キレイな景色だ〜なんて力なく笑いながらひたすら坂道を攻め続ける。
ようやく権兵衛トンネル入口にたどり着くと、ひやりとした空気が吹きつけた。足元では湧水が側溝を通って勢いよく流れている。4kmのトンネルはゆるい登り坂で、すぐ脇を轟音を上げて通り過ぎるトラックにビビりながらトンネルを抜けたところから361号線→19号線の怒涛の下り。木曽川に沿ってはしる旧街道筋の宿が目的地で、僕らは谷に向かって落ちるように下っていく。
何でこんなことにのめり込むかっていえば、これはもう移動の過程が納得ずくだからだ。頑張っただけ進めて、そこには狡も誤魔化しもない。身の丈以上の負荷でルーティングすればハンガーノックや筋の損傷で竹篦返しか来る。自分の体力と能力を使ってどこまでいけるかのゲームなんだ、これは。
不甲斐ない我と我が身を呪いながら坂を登り続ける耳に聞こえてくるのは、フリーホイールのかすかなチリチリいうノイズと、タイヤがアスファルトを咬む響きと、身体の周りで渦巻く空気の音と、自分の呼吸音だけ。僕と青猫は、どこに出しても恥ずかしくない正当で真っ当な方法で、夏の暑い空気をかき分け、道を蹴って、きちんと地球の上を旅行している。
そんな実感ににやにやしながら、唇についた結晶化した汗をなめる。額にこれからやってくる筈の下りの風の涼しさを思い浮かべつつ。

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恩田君とは宿着後、楽しくビールを飲んだりしたのだけれど、2日目はペースが違いすぎて鳥居峠登りでちぎったきり見かけなくなった。

*1:煙を吐くときに「っぱ」っていう音を出すのがもう。

*2:珍しく、恩田君とは遠慮なく喧嘩する仲である。