ひみつ基地

ひみつ基地暮らし。

僕らの歌をうたおう。

映画館を出たら、夕暮れだった。
キリツグが観たのは暗い映画だった。監督は、明るい冒険活劇を作っている場合じゃない、今は絶望的な状態なんだから、的なことを発言して小難しい映画を作るようになってしまった巨匠だ。
その監督がどんな風に時代を眺めているか、キリツグはよく知らない。多分、その人が言うように世界は良くない状況にあるのだろう。実際ニュースから流れてくるのは信じられない悲惨な話ばかりだ。皆が望まない方向だというが、そこに向かっているのも、また同じ僕らなのだ。誰かが、嘘をついている、とキリツグは思う。寒々しい水銀灯が照らし出しはじめた街並みの一本裏で、薄暗い闇にうごめく彼らのことは、誰もが薄々知っている。だが、それを表立って指摘する人は皆無だ。
結局そういう状況も含めて、キリツグたちはこの街で生きている。この街で生まれ、育ち、稼ぎ、結婚して、子供を授かり育てて、そして死んでいく。そんな世界を彩るパーツのひとつとして、あの映画があるということを、監督はわかっているんだろうか。もしも明るいほうへ行きたいのなら、そのようであればいいのだ。
僕らは僕らの歌をうたおう。
「やあ、キリツグじゃないか。どうした難しい顔をして」
声を掛けられてキリツグはどきっとした。そして、そんなに難しい顔をしていたかなと思った。
「木下先生」
「春休みだが、繁華街の見回りは相変わらずだぞ。早く帰りなさい」
「先生何しているんですか。ずいぶん大きな荷物ですね」
「買い物。春から被災地だからな」
引っ越しの準備らしい大小の包みを抱えた木下先生は、山登りに行くみたいな調子で言った。
「先生」
「何だい」
「先生は、世の中を良くしようと努力していますか」
何だい藪から棒に、と木下先生は妙な顔をする。
「いいんです、ごめんなさい変なことを訊いて」
「世の中なんて、良くしようとか悪くしようとか、そんな感覚で動かすことはできないよ。僕は自分の役割を果たすだけで精一杯だ」

バイタルサイン。

最近のことを手短に。
同じ環境を与えても、楽しむ人間とそうじゃない人間がいる。僕は明らかに前者で、それは自分の性格というか気質の得なところだと考える。兎に角、楽しすぎて幸せだ。それは、たとえスペクタキュラーでトラブルフルな状況に追い込まれても変わらない。俺様の宝石さ*1
新聞や機関誌は溜めても意味がないことに気がついた。だから手にしたら1時間で読める分読んで捨てる。ただでさえ狭い*2板橋物置部屋のスペースが無駄にならない。
軽くて機敏なカーボンフレームの自転車を秋に買った。マットブラック仕上げの日に照らされ具合から灰猫という名前にした。青猫と2台体制で運用。値段ン十万円。これを武器に挑もうとした龍勢ヒルクライムはまさかの開催中止。灰猫を手に入れる前、青猫での恩田君との旅行はついに京都到達。
スキー板も新しくした。FISCHERのRC4 SUPERIOR PRO。ずばっと切れてコントローラブル。気持ちいい基礎板。乗り換えて初めて、それまで乗っていたAMC873がどれだけ痛んでいたかを実感。6シーズン、フルによく働いてくれました。あと1級受験したときに知り合った人からパウダースノー用の板を借りたら、なんなのあの浮力は!?ずるい。消費税が上がる前に買おう。現在滑走日数15日。
今年は音楽がもっと身近にある、潤い溢れた年にしようと思う。Love&Peace。
D
沖井礼二と組んでTWEEDEESを始める清浦夏実

そのTWEEDEES。安心の沖井礼二サウンド

Jools Holland feat.Jamiroquai。こういうのも好きです。

*1:(c)浮谷東次郎

*2:倉庫とはいえ、収納物が多いので。

FM81.7「ひみつ基地」放送。

あーあー、(ゴツッ、コンコン)
「先生、もうカフ上がってます」
「あれ、これがアップなの?じゃこれは…」
フェイドアウトしました先生」
「…さて、皆様年末いかがお過ごしですか。中目黒君もお久しぶり。ずいぶんと会っていないね」
「先生授業しなくなってからホントに狸穴に来なくなりましたね。部屋が荒れ放題ですけれど」
「君が好き放題に使っているって、マルクビさんから聞いているぜ中目黒君。何しても良いけどCDは返しといてくれ。さっき大瀧詠一の"A Long Vacation"を探したんだけど、無いんだ」
「ごめんなさい車に入れっぱなしです」
「年明けに片品に行く予定なんだから、それまでに持っておいでよ」
さて、今年は1月早々に医者から「もう病院に来なくて良いです」と無罪放免をもうしわたされるところから始まりました。「これからは頭部に衝撃のあるスポーツは控えてくださいね」ということだったので、それってどんなスポーツですか、と訪ねたところ、「例えばアメフトとかですね」とのことでしたので、じゃいいや、と早々スキーを復活させました。それまで胸椎や頸椎に違和感があったのですが、構わず負荷を掛けていったらだんだん気にならなくなっていくのを好もしく感じたものです。
仕事の方は昨年から引き続き困難クライアント担当をしていたのですが、3月に思いもよらず帝健人事に呼び出されました。暗い会議室に入ると人事担当の課長が開口一番に曰く「これからの発令に先立つ意思確認を行うけど、木下ちゃん、嫌っていわないでね」とのたまわれる。それって意思確認の意味あるんですか?とちょっとふくれつつ、どこへでも行ってやろう、何でも見てやろう、というミーハー冒険好きの自分が首をもたげるのを感じるのでした。人事担当課長は続けて「あのね、帝都公安本部に行って貰うから」と告げて、僕の肩を叩きました。
あくまで噂ですが、帝都公安本部に行く社員の経歴や周辺環境は、本人に知らせる前に徹底的にチェックされるということです。これが大変らしく、断るとまた一から候補者選定のやり直しなのだそう。
困難クライアント担当の引き継ぎは、幸いにして次の担当がとてもタフだったことでスムーズに進みました。後ろ髪を引かれる思いで万田塀から霞ヶ関に通勤先を変え、新しいモラル、新しい環境の中で4月が始まりました。途中国体やらオリンピック決定やらのイベントをやり過ごしつつ今に至っています。
今年の教訓は「新しい場所に飛び込むのって楽しい」の一言です。何とかなっちゃうものなのだなと感慨ひとしきり。困ったときには誰かに助けて貰い、自分が出来ることで借りを返したり。充実した時を過ごさせて貰っていることに感謝感謝、なのです。
2014年はもっと本を読んだり、習い事をしたり、自分のスキルを磨くために時間を使えるようになりたいと思う年末でした。
「相変わらずスキーに通っているのですね先生」
「楽しいんだぜ出来ないことが出来るようになるって。中目黒君も一緒に行こうよ」
「嫌です。いいように荷物運びなんかをさせられるような気がしますから」
「わかっているじゃないか中目黒君」
さて、今年最後の放送を締めくくるのはやはりこの人の曲で。文化人やアーティストといったある意味うさんくさい界隈から遠く離れ、ミュージシャンという肩書きが似合った人でした。聴くものを軽々と素敵な世界に運んでくれる楽曲たちを、僕はこれからも愛でるでしょう。

明日への想い。

「木下君これさ、もう後輪のグリスが全部抜けちゃってるぜ」
職場の輪行部とつるんで柳沢峠→御坂峠を攻めにいった。10月初旬のことである。他のメンバーのペースに全く歯が立たず、嗚呼加齢による限界とはかくもあっさり訪れるものかと気を落としたところで、自分よりも年かさの春山さんに「それは運動不足である」と指摘を受ける。しかも後輪から異音がしてくる秋の夕暮れの甲斐路であった。
メンテナンスで持ち込んだ自転車屋で言われたのが冒頭の台詞である。
板橋物置小屋からありったけストックパーツを持ちこんで、後輪周りを綺麗に組み直して貰った青猫は、しかしバーテープを巻かないようお願いしておいた。
これだけは自分で仕上げたいのである。高嶺の花のcinelli*1だってバーテープは安く手に入れることが出来る。ということでイタリアンなパーツを初めて使った。バーテープだけなのだけれど。
これからまた一つひとつ作り直していく。駄目だったらどうだというのだ。自分の末路を見届ける覚悟があるか、それだけのことだ。
「だってさ、他に何が出来るっての?」
と、半ば醒めて言い放った木下を、アラマキがしれっとした顔で見る。
「そりゃさ、あれだけ飲んだくれれば体型も変わるさ」
「まあね、そんな気分な時期だってある」
「振れ幅が極端なんだよ木下ちゃん」
「そうでもないさ。リビルドの楽しみを味わってる、といってもらおうか」
金曜日の夜、レガシィを飛ばしてたどり着いたクリアライトハウスは相変わらずの閑古鳥である。男と女がキャンドルを挟んで語らっているテラス席は、ガラス越しの夜景が弱い雨で覆われている。それを眺めるともなく目をやりながら、ヱビスビールを飲み干す。
「そのくらいにしておいたら木下ちゃん。尿酸値やばいんでしょ」
「ん。じゃボウモアのロックをダブルで」
「やれやれ」アラマキは首を振った。ゆっくり。柱にかかっているANSONIAの時計の振り子みたいに。

*1:と、思っていたのだけれど今はお手軽価格のモデルも出しているようですね。

こんな夢を見た。

平日の朝なのに、僕は地下鉄のホームで通勤客を見送っている。隣には涼音が立っている。僕らはまるで、通園する園児を見送る両親のように、時折背伸びしたりしながら、人の流れを見ている。
有楽町線桜田門駅は、官公庁最寄りの駅ということもあって、ダークスーツだらけである。彼らは常に目的にむかって動いているので、到着した地下鉄のドアから溢れる人は呆れるほど速くどこかへかき消えてしまう。その後に残るのは、食べものが入っていない冷蔵庫のような風景だ。
涼音はこの夏お気に入りのサマー・カーディガンを羽織っている。薄青色のそれと、明るい芥子色のスラックスは、桜田門駅には似つかわしくなくて、非現実な感じ。
ねえ、それって何?
これ?これはね、通行証。うちの職場、ICカードとかじゃなくアナログ確認なんだ。つまり、現役警察管の目視。
ふーん。それで、あなたは何の仕事をしているの木下未来。
それは、秘密。
秘密が多いのね。
秘密があったほうが、人は興味深く見える。
うさんくさいわね、と言って、涼音は笑った。

ミラキノラン。

万田塀から職場が変わってしまったので、青猫で通勤というわけにはいかなくなってしまった。そうなると俄然消費カロリーが減る。体重をキープするためには、走る量を増やすことになる。苦痛ではない。むしろ楽しい。
走っているときに感じるあの全能感は何なのだろう。空を飛ぶような、脚が軽いような。
色々考えあぐんでしまって心がもやもやしている時には、ちょっと走りに行くと、気分転換できる。
日々少しずつ変わっていく自分を見る楽しみや、自分をコントロールできている達成感もおまけについてくる。しかもお金がかからない。いいことずくめである。

木下先生の部屋。

「先生、異動なのですって?」
「やあ中目黒君こんにちは」
「聞きましたよ。何ですか公安に異動って」
「ほら、小野ケ森さんが帝都公安本部に行っていたことがあったじゃないか。あれだよ」
「先生警察官になるのですか」
「帝健からの出向なんだけど、一応、警察官と兼務になる」
初日は公安の本庁舎を回って、異動発令を副総監*1はじめ上官に大声で報告していきます。これを申告というそうなのですが、いちいち作法が決まっていて戸惑いました。アテンド対応をしてくれる本職も同情の言葉を掛けてくれます。何ともマッチョな組織に来たものだと感慨深く思いました。
「公安で何をするのですか」
「そりゃヒミツだ」
ニューナンブM60とか撃てるのですか。右京さんじゃないですか」
「中目黒君」
「はい」
「バカだろ君」
あの最果ての職場で、新人を泣かせたり、ベテラン部下の扱いにとまどったりしながら、困難案件クライアントに立ち向かっていった日々は、すでに夢のようです。

*1:全国警察組織でこれより偉い人は2人しかいない。